12.難易度調整は難しい
箱に吸い込まれ、次に目を開けた時には穏やかな陽気に包まれている場所だった。
大きめの戸建てがポツンと建っていて、側には庭があり、水を汲める井戸や農作業のための道具が一式用意されている。
その近くには鍛冶もできるようスペースまでもある。
「おんぶに抱っこすぎるだろ……」
一緒に吸い込まれたルーパルドはそう言った後、ぐるりとあたりを見渡した。
茂っている芝生を踏み歩き、真っ直ぐ鍛冶場へと向かった。
そこにある武器や装備が飾られている壁を見て足を止めた。
「それ欲しいの?」
「いや、レプリカなんだろうけど、俺の知ってる剣だったから気になって」
飾ってある剣は伝説の勇者が使っていた剣だとルーパルドは言う。
肌身離さず持っていて、誰かに貸すことはなかった。
また、ルーパルドがレプリカだろうと言ったのは、探索していた洞窟が地震で埋まってしまい、そのまま勇者も剣も行方不明になったからだ。
洞窟があった場所を掘り起こし勇者や剣を探したが、何も見つからず。
あれだけ強い人なのだから、洞窟から抜け出しどこかでひっそりと生涯を終えたのではないかと言われている。
「なんでその剣だと分かるの?」
「俺のご先祖様がその伝説の勇者だったんだと。で、うちに勇者の肖像画と剣のレプリカが飾ってあるんだ。いつも見てたから間違えるわけがない」
「召使が勇者から貰った本物……とかは?」
「それはわからないな。本物は見たことないし。案外、召使が勇者だったりして……。ま、500年も前だから普通の人間ならあり得ないだろうけど」
ルーパルドはじっくりとその剣を眺めたが、やはり本物かどうかは分からずじまいだった。
「中々来ないと思ったら、ここにいたのですね」
「あ、団長。見当たらないから箱に入れなかったのかと思ってましたよ」
家から出てきたイナトはルーパルドに睨みを効かせたあと、私を見て優しく微笑んだ。
私がいたいけな女子学生なら、きっとこの笑みで今頃愛の逃避行を考えていたことだろう。
「家の中はどうだった?」
「リビングやキッチン、バスルームがありました。生活必需品は揃っているかと。それと、2階には全員分の部屋がありましたね」
どうやら消耗品はお金さえあればその場で買い足せる仕様のようだ。わざわざ買い物に出かける必要はない。
自給自足も可能なため、畑で作物を育てたって良い。
この箱庭はいつでも好きにレイアウトができるらしい。それもお金さえあれば簡単に叶う。
お金は素材を売ったり、作ったものを売ったりで賄えるほどらしくお金に困る心配もなさそうだ。
すべてこの箱庭で完結できてしまう。
「野宿じゃなきゃ良いと思ってたけど、これだけされると街の宿に泊まる理由がないね」
「そうですね。その分お金も浮きますし活用させていただきましょう」
まるでルームシェアをしているかのような気持ちにさせてくれる。
この箱を使うのが一層楽しみになった。
◇
朝起きてイナトが用意してくれた朝食を食べて、目的地を確認した後私達は箱から出た。
2人の支援に専念して道を切り開き、やっとの思いでたどり着いたのは、ワープポイント以外何もない殺風景な場所だった。
だが、ここから歩けば国境を容易に越えられる。
近くの看板にここから500m先、「スタート国」と書いてあり、国境を越えるためのワープポイントだと容易に解釈できる。
「これですぐに国境を越えられるね」
「はい。ではそのままスタート国の方へと行きましょう。歩きますので、疲れたら教えてくださいね」
一歩前進したのが嬉しいのか、イナトの笑みの輝きはいつに増して眩しい。
「うん。イナトは優しいね」
「救世主さま限定ですよ。俺はいつも冷たくされてる」
「なんでルーパルドには優しくないの?」
「リン様が飴で僕が鞭なだけですよ」
ちょうど良い塩梅でしょう? とでも言うようなイナトの表情にルーパルドは苦笑い。
私が甘やかさなければイナトはルーパルドに優しくなるのだろうか。
想像してみようにも、ルーパルドに優しい姿を1度も見たことがないので想像は難しかった。
3人で雑談を交えていたからか、すぐに国境の扉まで辿り着いた。
扉の前では甲冑で全身を覆っている2人が立っており、威圧感がある。
だが、イナトの顔を見るや否や丁寧にお辞儀をして挨拶をする。
「イナト様。ご無沙汰しております」
「ああ、久しぶりだね。すでに周知済みだとは思うが、こちらは救世主であるリン様だ。失礼のないよう」
「はい。もちろんでございます」
いわゆる顔パスというやつか。なら確かに1人でどうにかなる問題ではない。
……もしかして一生イナト付きなのでは。
「イナトがいるから今回は簡単に国境を越えられるけど、もし1人の場合ってどうなるの?」
「国境を越えることは難しいと思います。救世主様はまだ顔を知られていませんから」
救世主ならいつか顔パスになれる可能性はあるようだが、私はまだそこまでいろんなところに顔を売れていない。
まだまだひとり旅はお預けのようだ。
「一応ルーパルドでも国境は越えられますけど、僕とは違って手続きが必要になります」
「団長は王の血族ですからね〜。俺は遠征の際、その都度面倒な手続きをやってるんですよ」
「ルーパルドは顔パスできないの?」
「俺は一生無理ですね。貴族でもなんでもないただの騎士なので。あ、救世主さまが顔パスできるようになったら俺をお供に呼んでくださいね」
「考えとく」
「呼ばれなさそうな返答だなぁ」
本気にしていなかったのだろう。ルーパルドは特に気にする様子もなく遠くを見ていたのだった。
乙女要素のある死にゲーに転移してしまった件 勿夏七 @727x727
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