社畜、発散する


「おい! 西原ぁ……これは一体どういうことだぁ……?」


俺の目の前にいる人物、俺の勤めている会社の社長はどすの利いた声でそう俺に問う。


「どういうことって『退職届』ですよ。見ればわかるじゃないですか」


「……!? そ、それは見ればわかる! なんで突然出したのかってことだ!」


社長は一瞬驚いたが正気戻ったようで再び俺に問いただした。

おおかた脅せば泣いて謝るとでも思ったんだろう。

残念だったな、お前への恐怖は、昨日のモンスターフルボッコで吹き飛んだよ!


「決まってますよ、辞めたいからです……ここを」


「そうか……」


俺がそういうと、社長は下品に笑った。

そうして俺に猫撫で声で話しかける。


「そうか、だがな? 西原……社会はそう甘くないんだよ……お前はまだ二十代だと言っても就職は相当困難になるだろう。辞める……? そんなのはよせ、俺はお前のために言ってるんだ」


「……」


はい、出ました。

社長の常套手段。

これから困る、俺のところで働いていた方がマシだ。

そう現実味のある言葉で引き留める、実にいやらしい。

社長そのものを表しているみたいだ。


「いえ、それでも辞めます」


「なんだと! 俺の忠告をちゃんと聞いたのか!」


「はい、しっかりと聞きました。その上で言ってるんです」


俺が涼しい顔で言っているのが予想外であり、腹立たしく思っているようで社長はワナワナと震えていた。


「バカか! お前みたいな奴が働ける場所なんて会社ここくらいなんだよ! 雇ってやっているだけ感謝しろ!」


「でも、社長、ここはブラックじゃないですか。サビ残200時間をゆうに超えるし、休日出社は当たり前、さらにボーナスや有給は一切なし……」


「なんだ、なにをいうかと思えばそんなことか! さっきも言ったようにお前らのような雑魚どもを雇ってやってるんだ! これくらい当たり前だ!」


そう社長は高らかに言った。

俺はその言葉を聞いて静かにスマホの画面を見る。

その画面を見て俺は思わず笑いそうになった。

だが、それを我慢して俺は社長に言った。


「……社長、やっちゃいましたね」


「あぁ? 何がだ」


「最近の探究者用のドローンってすごいんですよ……ステルス機能までついてるんですからね」


そういいながら俺はスマホを操作する。

すると、俺の横にドローンの姿が顕になる。

それを見て社長の顔が青ざめ出した。

どうやら気づいたようだな、もう遅いんだが……


「お前、まさか!」


「そうだ! 現在この状況は動画投稿サイトで絶賛ライブ中だ!」


その証拠とばかりに俺はスマホの画面を社長に向ける。

そこには


〝社長ー、みってる〜?〟

〝通報しました〟

〝通報しました〟

〝うわっ、ブラック発言どんどん出てくるw〟

〝社会の闇〟

〝社長終わっただろコレw〟

〝あぁースッキリするんじゃ〜〟

〝ストレス発散助かる〟

〝開放感すげ〜〟

〝なんか同じような奴がいるんだがw〟


「さっ、西原ぁ〜!」


その画面を見て吹っ切れたのか社長は俺に向かって殴りかかってきた。

その動きはあまりに遅くて……

なんか、同じだと思ってたモンスターに申し訳なくなってきた。

そう思ってしまうほどだった。


そして俺はそれを躱して……


「オラァ!」


「グハッ!」


モンスターの時と全く同じ形で地面に叩きつけた。

コレが本当の発散パンチじゃぁ!


「さっ、西原……お前、どうなるか分かってるのか……!」


いや、どうなるのかって……どうにもなんないだろ。

何もやってないし……

その時、俺たちのいる社長室に第三者が入ってきた。


「我々はダンジョン労働協会のものです! 全員動かないでください!」


え! まさか本当に……!

と思ったがどうやら違ったみたいだ。

部屋に入ってきたのはスーツを着こなした集団だった。

入ってきたのは集団を、みて何を勘違いしたのか社長は急に勝利宣言をしてきた。


「ほらみろ西原ぁ! さぁ、さっさとこいつをムショにぶち込んでくれ!」


うん、何言ってんだこいつ。

さっき言ってた意味がわからないのか?

労働協会だぞ?


「何を言っているのですか?」


「……は?」


あっ、社長が完全にフリーズしてる。

だが、そんなこと関係なく、スーツ集団は淡々と説明する。


「我々がここにきたのは労基としての通報と戦闘があったからです。つまり、我々がそちらの方を逮捕する理由はありません」


「ふ……ふざけるなぁ! なんでだぁ! 俺が労基で捕まるのは百歩譲ってよしとしよう! だが戦闘の案件で俺だけが捕まるのはおかしいだろ! あいつもやってたんだ!」


うわぁー何言ってるんだこいつ

どうやら画面の向こうの人も同じように思っていたようで


〝何言ってんだこいつ〟

〝バカなのか?〟

〝バカだろw〟

〝↑確かに〟

〝いいぞ! もっとやれ!〟

〝恥をかけ!〟

〝やばい、同士がめっちゃ生き生きしてる〟

〝嬉しいんだろうな〟

〝俺もやろうかな〟

〝やめとけってw(真面目)〟


「確かにそちらの方も逮捕することになったかもしれません」


その言葉を聞いた瞬間に社長はイキリ出した。


「ほぉら! お前も道連れだ! 西原ぁ!」


あぁ、どんだけ恥を晒すんだよ社長。

あっ、スーツの人も呆れてる。


「いえ、そちらの方を逮捕しません」


「なっ、何故だぁ!」


「言ったではありませんか。逮捕することになる〝かも〟と」


「!?」


「もし、そちらの方から殴っていたら逮捕していたでしょう、しかし、実際にはあなたが殴りかかってきたことに反撃した……つまり正当防衛となるわけです」


スーツの人の正論ラッシュで社長は完全に戦意を消失したようだ。

ふぅ、よかった。

これでなんとかなりそうだ。


「それでは我々はここで失礼致します」


そう言ってスーツ集団は帰って行った。

帰ったのを見届けた後、俺はドローンの方を向いた。


「よし! 色々あったがこれで俺のダンジョン探索チャンネル……『スト探』の初配信を終わりにする」


〝スッキリしたぜ〟

〝ダンジョン探索はよ!〟

〝あぁ、お前は全国の社畜の天使だ……!〟

〝次はいつ?〟


大まかにそんなコメントが流れ込んできた。

初配信にしては結構順調な滑り出しかもしれないな。


「次の配信は明日だ。安心しろ、ダンジョン探索もやっていくから」


〝よっっっっっしゃーーーーー〟

〝祭りじゃーーー〟

〝神回確定!〟

〝しゃあ!〟

〝はよ! はよ!〟

〝↑明日だっつうの! 本心 はよ! はよ!〟

〝だから明日だって 本心 はよ! はよ!〟

〝はよ! って流行ってんの?〟


「それじゃあまたな」


〝おう!〟

〝じゃあな!〟

〝楽しみにしてます!〟

〝はよ! はよ!〟

〝バイバイ!〟


配信が終わったことを確認した俺は座り込んだ。


「うわぁー結構疲れたな。でも、楽しかった。明日はダンジョン探索だ」


あの爽快感をまた味わえる……そう思っただけでワクワクする。

この提案をした斉藤には感謝しないとな。

……今度飯でも奢ってやるか。


そうして俺の記念すべき初配信が終了するのだった。





チャンネル名 『スト探』

登録者数   10万3000人


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