後編

 斜視で少年期に苦しんだ話を理解してくれた彼女。

 でも、そのやさしさは、長く続きませんでした。


 あくまで自主的な眼筋トレで補正しているだけですので、ぼお~っと考え事をしたりすると、また左目が明後日を向き始めます。


 それを発見するなり、彼女が


「目が外を向いてるよ」


 ……と、指摘するようになってきたのです。


 最初の内は、有難く受け止めておりました。ああ、一緒に気にかけてくれてるんだなと。


 しかし、だんだんその頻度が激しくなり───


「目っ! 外っ!」


 ……と、語気も強く、言葉も荒く。

 外食中などでも切りこんでくるようになってきました。


 前述、ぼお~っとしている……呆けることは人間には必要です。休んでいるわけですからね。斜視が起こっている時はつまり、解き放たれてリラックスしているのです。そこをたたき起こされるのはさすがにツラい。


 元々、気性が激しいのも何だかなと思っていたので……ついには、それを理由に別れる決意をしました。

 

 告げた時、号泣されました。

 そんなつもりはなかった、何とか厳しくして〝治して〟あげたかったと。

 でも残念ながら、情にほだされることもなく。女の涙は世間で聞いていたほど強くないのもわかりました。



 それから……特定の彼女と長く付き合うことは避けるようになりまして。

 仲良くなってもまた……みたいな。ていうか斜視を指摘されるよりも、自分が頭空っぽにしたいときに踏み込まれるのはいやだなというのが先に立つ。


 手術すれば治るとも聞きましたが……目にメスが入るとか。考えただけでも恐怖しかありませんし。


 なーんか斜視でずいぶん人生損してるなあと。持ち前のマイナス思考や鬱屈精神にさらに拍車がかかるようになり、いっときかなり落ち込んで人と対峙するのがかなり苦痛になったりしました。(他の原因でもわりとよくある



 そんな自分に、あくまでも斜視についてだけですが、転機が訪れました。


 仕事で目を酷使しすぎ、加齢も手伝ってなかなか眼精疲労が取れにくくなってきたため、x年ぶりに眼科へ。


 視力検査やらいろいろ受けた結果……先生は特段異常は見つからずと言いつつ、あらたまって自分の〝アレ〟を指摘なさいました。


「君……斜視なんだね。ふ~ん、それで左目がこんなに悪いのか」


「え、何か問題でも」


 ちょっとハラハラする自分。

 しかし、淡々と話す先生の言葉は、とても意外なものでした。


「問題無いよ。君は、ほぼ右目だけしか視界として機能してないんだけど……それが君の見る世界なわけだからね。人とは違う世界が見えてる。これからもね」



 どかーん来ました。


「人とは違う世界が見えてる」


 何なのその、中二心をくすぐるような言い回し。

 自分の悩みを特別な力みたいに転化するお言葉。


 テンションぶち上がりで、御礼を言いまくる自分に先生は首をかしげつつ。

 意気揚々と病院をあとにしました。




 その日から、斜視についてまったく気にならなくなりました。

 相変わらず人と向かい合う時は眼筋パワーを上げますが……仮に指摘されたところでもう気になりません。


「ふふん……俺は君とは違う世界が見えているからね───」



 自分の弱点が強みになる。

 どんな言葉が、どんなタイミングで救いになるか、わからない。


 まさか眼科でとは思いもよらず……

 運よく恵まれたことに、毎日感謝をして日々を営んでおります。



 彼女はできておりませんが。




<おわり>



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『斜視』でまあまあいろいろあった件 矢武三 @andenverden

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