第10話 ごめんね、そしてありがとう
彼女と二人でゆっくり話をした。真剣な話よそうであるが二人とも働いていたので会話をする時間も以前より減っていた。
わたしは「病院から電話が入ってたよ、」と伝えた。あえて電話に出て内容を聞いたことは伏せて彼女の口から事実を聞きたかった。いつ爆発するかもしれない爆弾を爆発させるのを恐れていたのもあるかもしれない。その行動が完全に裏目に出てしまった。
「全部知ってるんでしょ、なんでそう言わないの?なんでいつも濁すようにするの?」
その時咄嗟に「開き直ってるんじゃない」と言いそうになる口を抑える。あくまで彼女にかける言葉を選ばないと何をしでかすかわからない。それだけ繊細な彼女だ。わたしは言葉や視線、息づかい、全てが見られているように感じ中々言葉が出てこなかった。
すると「もういい、ほっといて」と吐き捨てるように家を飛び出していった。その際カバンを壁に投げつけた為中身がバラバラと飛び散った。彼女が飛び出したあと直ぐ追いかけようとしたがふとカバンから出てきたものに目を奪われてしまった。
カッターナイフ。梱包用の硬いロープ。魚を捌くための包丁。そして封筒に入れられた一枚の紙切れ。封筒には「遺書」と記載。
血の気が引いていく。わたしは何も持たず寝巻きのまま外へと飛び出す。彼女が家を出てから数分、遠くへは行っていない。財布も携帯も家だから交通機関にも乗れない。できる限り早く見つかれと願い探し続ける。まだ日は落ちていなかったが徐々に日も暮れ始め辺りが薄暗くなっていく。嫌な想像ばかりしてしまう、ダメだと自分ない言い聞かせ探し回る。その時直感と言うのだろうか、何故か彼女とよく行っていた公園に足を運んでいた。そこからはどうやって辿り着いたのかは思い出せないが自然と彼女を見つける事ができた。
彼女は噴水の側のベンチで泣き疲れたのか眠っていた。夏なのにカーディガンを着ているため遠くでも彼女の存在には気がついていた。安堵感とともに、こんな事がこれからも続いていくのか、と考えてしまう。今は見つけられた事が何よりだ。ちゃんと生きている。彼女を背中に乗せ家へと向かう。途中で目が覚めたら彼女が小さく「ごめんね。ありがとう」と呟く。わたしは「こっちこそ今まで気が付かなくてごめんね。喧嘩はまた今度にしよう。今日はシチューを作っておいたから温めて食べよう。バケットも買ったから」と言うとクスッと笑い声が背中越しに伝わる。今はいい。無事でいてくれた事が一番。詮索はしなくてもいい。心のモヤモヤをなんとかかき消す。
家に着くと彼女は急いでカバンから飛び散ったものを片付け出す。「これはもういらない」と遺書を破り捨てカッターナイフをわたしに手渡す。包丁はキッチンへ。「明日職場に謝りに行く。貴方にも嘘をついていてごめんなさい。八つ当たりしてごめんなさい」と泣き出してしまう。ギュッと抱きしめ「俺の事は気にしないで。生きててくれた事が俺は一番嬉しいよ。」と告げるとぼろぼろと涙を流し「ありがとう」とくしゃくしゃの顔で笑おうとする。
鼻水出てるよと言うと貴方もねと二人して泣きながら抱き合っていたことに笑ってしまった。彼女はきちんと職場に無断で休んでいた事の謝罪をしたようで精神面に不安がある事を打ち明けたらしい。職場も理解してくれたようで次からは連絡だけくれたらいいとの事で穏便に解決したようだ。
「こんな事はこれっきりでいい」
口には出さなかったがわたしは心底感じた。
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