第31話:竹岡式ラーメンの悲哀

 竹岡式ラーメンとは、千葉県が誇るご当地ラーメンの一つ……らしいのだが、全国的な知名度はいかほどのものだろうか。千葉県富津市竹岡にルーツがあるラーメンだが、「竹岡式」を看板に掲げる店は、他の地域では県内ですらそれほど多くない。


 作り方はいたってシンプルである。まず豚バラ(あるいは肩ロースなどを使う場合もあるだろうか)のブロックを醤油で煮る。少々の甘味や、うま味調味料程度は入っているだろうが、基本は醤油である。かなり塩辛いものだと思ってよいだろう。


 麺は乾麺を使う。その乾麺を茹で汁ごと注いでチャーシューの煮汁を割る。あとはチャーシューと、みじん切りにした生玉ねぎを添える。以上である。あとは任意でメンマや鳴門巻き、焼き海苔などの具を添える程度だ。


 出汁については書き忘れたわけではない。煮汁を茹で汁で割っただけで完成するので、鶏ガラや豚骨は使わない。かつお節も昆布も使わないし、せっかくの千葉県の名産品なのに煮干しすら使わない。豚から多少出る旨味と醤油、そして味の素などのうま味調味料がすべてである。


 千葉県なので、醤油といえばもちろん濃口醤油を使う。味については想像通りであろう。あるいは想像よりも醤油がキツく感じるかも知れない。だいたい出汁の旨味がないのをごまかすため、かなり濃い目になっていることが多い。人それぞれ好みがあるとしても、期待以上の感想を抱く人はあまり多くないような気がする。


 先ほど、県内でも本場以外では店が少ないと書いた。実際のところ、「竹岡式」の看板の店はたびたび新規出店するのだが、長続きせずに閉店してしまうことが多い。そりゃそうである。こんな単純すぎる、ラーメンとも呼べないような代物が今どきの舌が肥えた大衆に受けるわけがない。


 発祥の地という強固なブランド(いわゆる「情報を食う」)があれば別だが、単純にラーメンの実力で、工夫と研鑽を重ねた本物のご当地名物ラーメン(札幌・喜多方・博多・横浜家系とかそういうやつね)に、肩を並べられるほどの実力はないと、私は言い切る。


 店で食うラーメンとしてはかなり残念と言わざるを得ない竹岡式ではあるが、「自分で作るラーメン」としては重要なヒントの塊である。チャーシューの煮汁がそのままカエシ、ひいてはスープになるので、ごく簡単な過程でラーメンを作ることができるのだ。


 具についてはチャーシュー(豚肉)にこだわる必要はない。鳥の手羽元や牛すじ肉など、煮込めば美味くなる(そして安く手に入る)部位であれば何でも試してみることだ。コツは、普通に(おかずとして食べるために)煮込むよりも、甘味(みりん・砂糖など)を減らすこと。甘味の分量としては醤油に対して合計1/4、多くても半分程度が目安だろう。生姜やネギ(青いとこ)、好みでにんにくや唐辛子を加えて煮込んでいく。圧力鍋があると手軽。もちろん煮汁で煮卵(味玉)を作ってもよい(言うまでもないが、ゆで卵に圧力はかけないように。必ずしも煮込まず、寝かせるときに入れるだけでも味は染みる)。


 麺についても乾麺にこだわる必要はないし、スープも単なるお湯で割らずに任意の出汁を使ったほうがいいに決まっている。それに、千葉県産の醤油(キッコーマンやヤマサなど、全国規模の醤油メーカーはだいたい千葉県である)には、ぜひ千葉県産の煮干しを組み合わせてほしいところである。個人的にはお手軽な粉末タイプを推奨する。「栄養だし(緑川商店)」という混合魚粉が美味で、わが家では常備している。


 薬味も、もちろん玉ねぎにこだわる必要はない。そもそもなぜ(ラーメンの薬味としては一般的ではない)玉ねぎを使うのかは知らないが、どうせ大した理由などないのだろう。単に長ねぎより安価で保存が利くとか、そんなところだと思っているのだが。


 竹岡式ラーメンは(少なくともラーメンマニアの間では)有名なラーメンでありながらも、家庭レベルの環境や食材でも「超える」ことが可能なものだと思っている。本場の竹岡式にがっかりした人も、概要を見た時点で食べる気にすらならなかった人も、ぜひあなただけの竹岡式リスペクトを極めていただきたいところである。

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