第14話:牛丼が280円だった頃

 子供の頃、牛丼というものは漫画の中などに出てくる幻の食べ物だった。近くに店がなかった上に、祖父母も両親も牛丼という食べ物に馴染みがなく、外食としても食べる機会がなかったのである。


 高校に進学以降、自分だけで外食に行く機会が増えたタイミングで、牛丼チェーン各社が並盛の価格を280円にしたのは印象的だった。調べたところ、2001年に吉野家がそれまで400円だったのを280円にまで引き下げて、他社が追従したということだ。


 21世紀初頭はデフレの底のような時期で、特に飲食店のメニューが今と比べて非常に安かった。マクドナルドでもハンバーガーが60円で買えたものである。以前書いた100円のかけうどん(はなまる)も然り。経済全体で見れば決して良いことではなかったと思うのだが、当時食べ盛りの青春時代においては大いに世話になった。


 初めて牛丼を食べたのは確かバイト先の店長のおごりだった。遠慮して並盛を頼もうとしたら「特盛にしとけよ」と言われ、お言葉に甘えて生卵つきをぺろりと完食してしまった。今だと、少なくとも店頭で特盛を頼む度胸はちょっと無い。もっとも、若い頃も自腹で食べるときはだいたい並盛だったとは思う。


 そういえば以前の文章で「辛いものがいつから好きになったか覚えていない」と書いたのだが、もしかしたら牛丼屋でかけ放題の七味唐辛子がきっかけだったかも知れない。タイミング的にはセルフサービスのうどん屋ともほぼ同時期となる。実家で蕎麦類を頼むときは決まって出前だったので、テーブルの上に七味が置いてあるという環境はそれまで未体験だったはずだ。


 三大チェーンの吉野家・松屋・すき家のうち、特にどこが好きかというレベルの好みはない(というか違いがそれほどわかるわけでもなかった)。経営方針的な意味では、食券を取り入れない吉野家の前時代性が少し嫌いだった。他に、店舗数はやや少なかったが、牛丼だけではなくうどんも主力商品として扱っている「なか卯」は、同行者がいる時に重宝した(特に女の子がいると吉野家とかには入りにくいし)。


 学生時代はお世話になった牛丼屋も、社会に出てからはすっかり行く頻度が減ってしまった。どうせ昼飯を食うならば、夜の飲みにも使えそうな店を開拓したくなるではないか。今では生活環境の変化もあって、最後に吉野家(に限らず牛丼屋)に行ったのは某ゲームのタイアップキャンペーンの時で、もう1年近くも前のことだ。


 自分で牛丼を作ろうとしたことがあるが、なかなか店のようにはならない。そもそも、どうせ作るのならカレーのほうが満足度が高い気がしてしまい、なかなか牛丼のような料理は作る気にならないのである。しかも牛肉は高いので買うとしたらスジ肉が多く、圧力鍋で煮込むような調理法がメインになる。牛丼のルーツはスジやモツを柔らかくなるまで長時間煮込んだものらしいので、ある意味で原点回帰なのかも知れないが。

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