第4話:セルフサービスうどん店の衝撃
生粋の関東人である私にとって「うどん」と「そば」は不可分の存在であった。伝統的に江戸及びその近郊においては、看板は蕎麦屋であってもメニューには必ずうどんがあるものである。例えばメニューには「天ぷらそば/うどん」のように書いてあり(そば/うどんは小さい文字で並列)、同じ値段で提供されている。客は好みやその日の気分でどちらかを選べるというわけだ。
西の方の人が東京でうどんを注文した時、真っ黒なつゆに浮かんでいるのを見て驚いたという話を聞いたことがある。関東人としては、同じ店の蕎麦とうどんで、つゆ(だし)を変えることはないというのは当たり前だと思っていたのだが、こんなところにも文化の違いがあるのだ。
関東式ではないうどんに出会ったのは大学に進学して東京に出てからだったと思う。友人に誘われて行った「はなまるうどん」は全く新しいスタイルの店だった。まず、メニューにそばが無い! 立ち食い蕎麦でも老舗でも、だいたい蕎麦とうどんは一緒に売るものではなかったのか。私は理解した上で入ったのだが、年配客を中心に「蕎麦はないの?」と店員に尋ねる人は少なくなかった。
セルフサービスの名の通り、天ぷらを客が直接トレイに乗せるというスタイルが面白い。「天ぷらうどん」を注文するよりも遥かに低いハードルで選んでしまう。種類も豊富なので、今日はかき揚げ、明日はイカ天といった具合に日替わりで一品を楽しめる。
何より一番の衝撃は値段の安さであった。当時、かけうどんの小サイズは100円で提供されていた。しかもネギや天かす、かつお節やショウガといった薬味は入れ放題である。特に天かすは、関東式の蕎麦屋では「たぬき」という名の有料オプションなので驚いた。金のない学生が腹をふくらませるにはちょうどいいではないか。
関東人は関西のうどんのつゆ(だし)に馴染めないという話を聞いたことがあったのだが、少なくとも私の場合は問題なかった。そもそも、中華や洋食も含めて様々なスープの味に幼少期から慣れ親しんでいるので、そこに関西風が加わっただけの話である。あっさり味でちょうど飲み切れる塩加減のスープは好みに合った。
さぬきうどんと言えば、食べ方のバリエーションの豊富さも特徴である。関東では基本的に温かい「かけ」と冷たい「ざる(盛り)」しか存在しなかったので、「かま玉」や「ぶっかけ」という食べ方があるとは知らなかった。はなまるでは、かけうどんが安すぎるので他はあまり注文しなかったのだが、手軽なので家ではよく作るようになった。
冷やしうどんにすだち等の柑橘類を付けるという発想も今までにないものであった(薬味と言えばネギとわさびくらいだった)。讃岐式のうどんの食べ方を知ることで、家で作る麺類の食べ方のバリエーションも大きく広がったと思う。
2000年以降、讃岐うどんは関東圏に急速に広まったように感じる。「うどんは讃岐の名物」という知識そのものは日本人全体で共有されていても、実際に食べたことがある人というのは、それ以前にはまだまだ少なかったのでなかろうか。
駅前でははなまる、街道では丸亀の看板をよく見かける(私ははなまる派である)。既存の店舗に与える影響も小さくないはずで、昔から家族で通っていた地元の老舗蕎麦屋のメニューに「ぶっかけうどん」を見つけたときはさすがに驚いた。
もっとも私自身は、大手チェーン以外で讃岐うどんを食べたことはない。本場の人に言わせると物足りないという話である。いつかは本場讃岐の製麺所で打ち立てのうどんを啜ってみたいものである。
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