第48話 番外編① 罪深き聖人・4
帝国の雲行きが怪しくなったのは、アリスタがたったの6才になった時じゃった。
唯一ワシの素性を最後に知っておった皇帝と皇后の二人が、ワシの治療を施すその前に急な病で倒れたまま隠れたのじゃよ。
皇帝の弟クロディアスによる毒殺だというのがもっぱらの噂じゃった。
しかもそれを裏付けるように、ヤツは皇太子ウィリアトスが次の皇帝に即位するのに反対して西方で挙兵しおった。
が……ワシもよもやウィリアトスがペガサス飛翔騎兵を従えることが出来ぬとは予想もしておらんかった。
このロースタレイ帝国の皇帝は必ず即位式の折にペガサス飛翔騎兵の軍団を連れて帝都を行進する。
それが出来ねば正統な皇帝だと臣民に受け入れられぬ。
皇帝がペガサス飛翔騎兵を従えると言うことは、女神様が正統な皇帝だと仰っているも同じだからじゃ。
アリスタがペガサスを従えてしまったことで、たった6才じゃったのにアリスタまで皇位継承戦争に巻き込まれることを恐れた側妃はワシの所にアリスタだけを亡命させ、己は離宮に火を付けて自害した。
……アリスタが少しでも安全に逃れられる時間を稼ごうとしたのじゃろうな。
ワシはこうして、何も望まず謀らず内戦に巻き込まれることとなった。
何、こんな事態には慣れておるわい。
望んでもいないのに降って湧いた不条理に巻き込まれるのは、人生の常じゃからな。
ワシはまずあちこちの養子にやった孤児に連絡を取った。あの泣き虫やちび共が今や成功して立派になって、シーウンの街やディッガダッカの港町、その他多くの街を牛耳っておった。
ちび共は基本的には商人じゃったから、権力よりもそれで生まれる旨味を欲した。
戦後に商売の基本となる『信用』と『金儲け』の便宜を図ってくれるなら、とアリスタの味方に付いてくれた。
後はレンベルティンの街の市長夫妻とハークを味方に引き入れ、こやつを軸にしてどうにかやっていけそうだと思った時に――レンベルティンの悲劇が起きた。
……知っておる。
長いこと生きてきたからの。
ワシも若い時に同じことをしたから、なおさら分かる。
同じ人間だからこそ、ここまで惨いことが出来るのじゃ。
ハークが自殺まで図ったのはあの時が最初で最後じゃった。立ち直ったと思ったらハークは皇太子と皇族派への徹底的な復讐を企んだ。止める権利はワシには無かったから、せめて復讐が終わって何も無くした後でもハークの側にいてやろうと、それだけは決めておった。
ただ……幸い、あのド変態な若造のおかげでセレナ嬢は辛うじて生きたまま戻ってきた。
ハークの喜びようと言うか、執着心は凄まじくてのう。衰弱している彼女とすぐさま書類上の夫婦になり、かいがいしく仕事の合間に看病しておった。夫人はもう綺麗な体ではないし年だからと度々拒んでいたが、ハークは他の者が聞いたら驚きのあまりに心臓発作を起こしかねんようなとんでもない愛の言葉を囁いて口説き落としたそうじゃよ。
あれが正に『殺し文句』というものじゃろうなあ、とワシは思ったわい。
……うむぅ?
何とまあ、今度は4人目じゃと!?
ああもう、そのくらいにせい!
この莫迦者!
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