第45話 番外編① 罪深き聖人・1
ワシが元皇族だったことは知られていても、元皇太子だったことを知っておる者は、流石にもうこの世にはおらん。その事実は抹消されたし、唯一知っておった先の皇帝達ももう隠れたからの。
望むことは何でも叶った。どんな贅沢でも出来た。
ワシは酷くごう慢で人を人とも思わぬろくでなしじゃったし、地位と権力を持っていたが故にそれを正してくれる者は一人もおらんかった。皇族だったから女関係には気をつけていたが、それ以外は悪逆非道そのものじゃったよ。
そんな驕った人間だったからじゃろうな。13になったある日、ワシは事もあろうに女神様の神殿に押し入って、女神様の神像に狼藉を働いた。
『命は殺さねば生きられぬ。殺させて命は活かす。活かされて命は賑やかに。そして、殺されてよみがえる』――女神像の台座に刻印されていた言葉の意味を、ワシは下らないと嘲って……。
……今でも思い出すだけでワシ自身を殴り殺したくなる。
その夜、ワシは夢を見た。高貴で美しい女性が泣いている夢を。
どうして、と彼女は泣きながらワシに言った。
どうして?
あんな狼藉を働いた癖にワシにはその問いには全く答えられず、ただ胸にこみ上げてきた感情は今まで感じたことなど皆無だった『罪悪感』じゃった。
今までワシがこうやって虐げてきた者は、もしや誰もがこのように『どうして』と悲嘆したのでは無いか。
ようやくそのことに気付いたワシは、はっと目が覚めた。
時は真夜中で、帝国城は恐ろしいほど静まりかえっていた。
だがワシはその静寂が何よりも恐ろしくなり、大きな声を上げて外に飛び出ていた。
衛兵をも振り切って、女神様の神殿に素足で駆け込む。
教父共が遊女と戯れていた傍らを突っ切って、ワシが昼間に面白半分でたたき壊した女神像の所まで走った。
女神像は無かった。
そりゃそうじゃ。ワシがあそこまで無残にたたき壊したんじゃ。撤去されてしかるべきじゃ。
されど、当時のワシにはそれが堪らなく辛かった。
ワシは何ということをしてしまったのか。
後悔と恐怖と言葉にならない悲しみが喉をついて叫びになった。
ワシはそのまま、衛兵達が駆けつけて帝国城に連れ戻されるまで泣き叫んでいた。
……ワシに『治療』と言うスキルが授かったのは、もしかすればこの時の後悔を未だに引きずっているからかも知れん。
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