第39話 断罪追放劇から3年後には

 この頃の魔族の人達の悩みは人手不足だった。

 仕事はある。

 ありまくる。


 初めに、防火と防刃の力があり絹と同等の美しい輝きと色合いを持つ魔絹の生産。

 次に、キプトチャ湖近くの沼地を、ガブリエルが『水』を分別して干拓し作った小さな牧場で育てている、魔獣ミノタウロスと家畜の牛を掛け合わせた魔牛の飼育と極上の美味である魔牛肉。普通の牛より飼料も要らずあっという間に大きくなるのに、肉質は同等かそれ以上なのだ。

魔獣コカトリスと鶏を掛け合わせた魔鶏の卵は栄養満点で味が濃い。肉も柔らかい。鶏だからこちらも早く大きく育つ。

魔獣グリンブルスティと豚を掛け合わせた魔豚もすくすくと肥るし、肉は加工にも向いている。マール大海を越えて運ばれてきた香草と塩とスパイスに、魔豚の肉と腸を使って加工した茹でたてのソーセージは、1ヶ月先までの予約制になっているくらいに大人気だ。

まだまだ飼育方法や餌については厳選や調査が必要だけれども、今のところ首尾は悪くないので、来年には干拓地を少しだけ広げて、羊や山羊、後は馬についても試してみる予定になっていた。

 ……自前でフェンリル達の餌(肉)をどうにか工面しようとしたことがきっかけのだけれども、人間が食べても(被験者は俺だ)害は何も無かったし、長期間食べてもこれと言った異変も起きなかったから産業化してみたのだった。


 後は、その魔家畜の糞やら硝石やらを混ぜ合わせて、魔族の魔法を使って手早く発酵させた上質な堆肥も好評で、作物の育ちが明らかに違うと高値なのに飛ぶように売れている。

 ブロワン大魔森でしか育たない、魔獣が嫌う神聖樹。こちらもこまめに枝葉を手入れして、もう大きくなっているものは伐採して売りに出す。苗を植えることも忘れない。この木材を組み込めば海の魔獣からまず襲われないので、中でも船の建材には引っ張りだこだった。

 ドバド奇岩地帯だけで採れる白砂に石灰、あと草木の灰を用いた『割れない』と評判のガラス細工品も今では主要な売れ筋の一つになっている。

うっかり落とした程度ではまず割れないから、結婚式や婚約の時の引き出物や贈り物として帝国の流行に乗っているそうだ。モンスター娘4人が大喧嘩した時に巻き込まれても無事だったから、もしかしたら細工品だけじゃなくて他にも使い道があるかもと多方面でも検討中である。


 今となってはキプトチャ湖とエルマー運河の交わるほとりに、イリアディアの里から運び出される数多の品を我先に手に入れようと交易船と商人が集うエルマースト港が出来つつあるし、デューバル温泉郷には湯治客が集う温泉街デューバルストが生まれつつある。


 ……で。

今の最大の問題は4凶獣の所為で人口も減って衰退していた魔族の人達の手がとにかく足りない、と言うことだった。

ほんの少し魔法が使える彼らの力が無ければ、あの品質を維持したまま沢山の品物を生み出すことは出来ないのだ。

金ならある。給料を払う金なら幾らでもある。でも人手が無い!

時々、駐屯している帝国の部隊の兵士の手をも運搬業務の時に借りるくらいに、いつもてんてこまいだった。



 「いつの間にか……見違えたな」

ある日の朝、ユーディンが言った。

「最初ここに来た時は小さな村だと思ったのにさ、こんなに賑やかになるなんて……」

「ガブリエルのおかげだよ」

俺は心からそう思って呟いた。

「彼女が全部、発案したんだから」

「すげえ女だよ。……俺には絶対に無理だ」

「うるせえ。ヒモの俺が良いんだから良いんだよ!」

俺は悪態をつきながら、巣箱から魔鶏の卵を拾う。

殻の色こそ真っ青で食べられるのか不安になるけれど、鮮やかな黄色に光る黄身の味がとても濃くて美味しいのだ。滋養もある。

「今日は非番だろ?朝飯食べていくか?」

「馳走になるよ」


 昨日からヘルナレアさんが、帝国城で陛下やデズ卿らと、新しく見つかった『ミスリル銀』の鉱脈について話し合うために出かけているので、ユリアリアちゃんの分も一緒に朝飯を作る。『ミスリル銀』は帝国ではほとんど産出できないから金よりも価値があるとされているのだ。これでもっとイリアディアの里は潤うだろう。


 今まで何の力もない、しかも魔族のエルマーが『ソブリ伯爵』に列せられたことを良く思わなかった者も少なからずいただろうが、ゴドノワがとうとう『ミスリル銀』も産出する地となったと知れば片っ端から手のひらを返すとガブリエルは言っていた。

こんな要地の実質的支配者の令息ともなれば、政略結婚してでも帝国と縁を繋いだ方が良いに決まっているからだ。帝国が『それとなく』ゴドノワに課税して支配するにせよ、魔族が己の権利を主張して『帝国議会』の議席を求めるにせよ、エルマーの存在が緩衝材となる。エルマーの存在の有無によってはまた内紛の種が生まれていたかも知れないのだ。

 既にエルマー運河に突っ込んだ分の経費以上に帝国の方も儲かっているのは間違いない。

ゴドノワは見事に内戦後の復興に一役買っている。

……まあ、これからも儲けさせる予定だけれどな。

ミスリル銀が安定的に輸入できるようになる代わりに、『帝国議会』の議席を用意させても向こうだって悪い顔はしないはずだ。

これに関してもエルマーの存在が大きいので、デズ卿辺りは今頃『陛下の伴侶とするのを反対しなくて良かった』と密かに安堵しているに違いない。


 ただゴドノワの意見を述べる議員を出しても、それだけじゃ大した力もない。

だが、その背後に陛下の伴侶のソブリ伯爵がいるとなれば、その議員もどれほどやりやすいか。例えば、仮にゴドノワが帝国に対して何らかの不満を持ったとしても、議員がその不満を解消すべく『政治的な活動』をすることで、内戦無しに平和的に合意に持って行ける可能性が高い。それは帝国側にとっても大いに利益だらけである。

商人が多かった議員達は大きな利益には目敏いし、そのためなら多少の不利益も飲み込みやすい。それでも無茶を通そうとする相手だろうと、ソブリ伯爵の名の影響力で交渉も出来るだろう。

こうなるとエルマーが不倫とかやらかしたらマジで未来が怖いが、でもエルマーなら間違いなく大丈夫だという謎の安心感が俺にはある。


 「彼らはきっと慌てながらだと思うけれど……ゴドノワがそんな要地になることを見越して、そこの一番の権力者との縁を繋いだ陛下の先見の明を……今頃は我先に褒め称えているんじゃないかなあ」とガブリエルは笑っていた。



 今朝のメニューは簡単で、贅沢に切ったベーコンを炙って目玉焼きをその上に乗せ、魔牛の搾りたてのミルクを注ぎ、エルマーストの港から朝一番で売りに来た新鮮な野菜を洗って切って並べて酢とオイルと塩をよく混ぜたドレッシングをかけ、パン屋に転職したザッツさんから買ったパンの塊を分厚くスライスして軽く焼くだけ。忘れずに魔牛の乳から作ったバターも添える。最後に食べやすいように切った旬の果物を大皿に盛り付けて、完了!


 いつだって食事はたっぷりと作る必要があった。

 毎食、モンスター娘4人がガッツリと食べるからな!


 「おやさいきらい~!」

ユリアリアちゃんがちょっとワガママを言った。いつもはこんなことを言わないから、きっとヘルナレアさんがいなくて寂しいんだろうな。

「こら」朝の書類仕事を終えたガブリエルが軽くたしなめる。「作ってくれたアルセーヌとお野菜に悪いでしょ?」

「でも……でも、でも~」

「そんなことやってるとマジで嫁に行けないぞ」

呆れたように俺が言うと、ユリアリアちゃんはむくれた。ユーディンは呑気にパンにバターを塗ってベーコンと目玉焼きとサラダを挟んでかぶりついていたが、喉に詰まったようでミルクを慌てて飲んでいた。

「いいもん!あたしユーディンのおにいちゃんとけっこんするもん!」

ユーディンが吹き出した。

真正面にいた俺は顔面で浴びた。

「うっぎゃああああああああああああ!!?」

最悪の不意打ちを食らった俺は座っていた椅子ごとひっくり返る。

何だこれ。

何の拷問だ!?

「「「「御主人様!?」」」」

モンスター娘達がパンや目玉焼きやベーコンを加えたまま駆け寄ってきた。


 「犯罪者!犯罪者よ!」

ガブリエルとユーディンが言い争っている。

「ち、違う、そんなつもりじゃ!」

「変態!痴漢!最低!」

「違うってば!」


 「ふ~んだ!あたし、ぜったいけっこんするもん!」

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