第30話 ヒモになりました

 『その顔、何があった!?』と行き交う全員に訊かれたので、俺は馬鹿正直に『二心を持ったからガブリエルに引っかかれた』と答えた。

「ああ……若いな」ネイ将軍はどこか悟ったような顔で、「私はもう夫には怒る気力さえ無い」

「浮気か。ド変態め」

皇女殿下は呆れたように言うし、デズ卿やユーディンは、

「私の理解も完全に及ばなくなってきた」

「バカじゃねえの?」

はい、俺もそうだと思います。

唯一、ゲマトリウス様だけが大笑いして下さった。

「喧嘩できる仲だと言うのは、実に良いことだ!」


 丸々一日中眠った後でガブリエルが起きてきたので、一緒に部屋で夕食を食べた。引きちぎらせた蝶番のことでも散々に俺は怒られたが、そちらも後で必ず賠償すると謝り倒して、何とか見逃して貰えた。


 「……」

「……」

今だけはフェンリル達に席を外して貰って、二人きりで俺達は机を挟むと、これと言った会話も無く食事を始めた。

特に会話したいとか話さなきゃって思って焦ることもなく、のんびり味わって食べる。

「……顔、酷いね」

会話が始まったのも、自然な成り行きだった。

何となく。

たったそれだけ。

それだけの瞬間が、何よりも慕わしくて大切だった。

「ゲマトリウス様が後で治してくれるって」

「そっか。良かった」

「俺、ガブリエルのヒモになって良い?」

「うん。でも私が死んだら自殺してね」

「長生きさせるよ。世界で一番幸せなおばあちゃんにしてさ」

「あはは」

軽く笑ったガブリエルが長いプラチナブロンドの髪の毛に手を伸ばした。

「私、髪の毛を切ろうと思っているの。バッサリ切ってよ、アルセーヌ」

「俺、髪の毛切るの凄く下手だよ?」

「良いの。もう私は『ケルテラルス侯爵令嬢』を完全に辞めた。もう未練も何も消し飛んじゃったみたい」

「分かった。一房貰っても良い?ロケットに入れて首から下げて、お守りにしたいんだ」

「変態」

「自覚はあるよ。俺の性癖って徹底的に……暴露されているしさ」

「自分で暴露しているんじゃん。見られたい性癖なの?」

「かも知れないなあ……」


 俺はこうしてガブリエルのヒモになった。

ガブリエルが死んだら後追い自殺はするけど、その時にはガブリエルの髪の毛を入れたこのロケットを握っていたい。

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