第29話 面倒くさくてややこしくて可憐、多分それが乙女心
「私は、あの時までコンスタンを愛していました」
閉ざされた戸の向こう……震える声でガブリエルが話し出した。
ひび割れていた心から、涙が溢れ出すように。
「幼い頃からそう言われて、そうすることが既に決まっていたから。少しでも違ったことを言えば父から太ももを針金で刺されました。母も兄も庇うどころか、全て私が悪いと一緒に責め立てました。今なら何も庇わなかった理由が分かります。その方が楽で安全だったからです」
「……うん」
「どれほど努力して成果を上げても、更なる務めが課せられるだけでした。コンスタンも父も兄も、『女の癖に』としつこく言っていました。きっと女でありながら何をやらせても失敗しなかった私が、目障りで堪らなかったのでしょう」
「うん」
俺は聞かなきゃいけない。
ここで心の中に積もった澱を吐けるだけ吐き出させなければ、ガブリエルは。
「それでも愛していなければならないと私は……ずっと思っていた。最後の希望にすがるように、狂信的なまでに愛していた」
それなのに、たかがスキルの所為で、それまでの愛と努力を踏みにじられた。
「浮気されて、捨てられて、追放されて」
憎い、辛い、苦しい、恨めしい。
「私がこんなに泣いているのにどうして彼らはあんなに笑っているの」
悔しい。
「最後に信じたアルセーヌからは何も信じられていなかった」
悲しい。
「信じて、愛して――誰か!」
俺はフェンリル達に戸の蝶番を引きちぎらせて、強引に戸を開けた。
カーテンも閉め切った暗い部屋の中で、うずくまってガブリエルはひとりぼっちで、無力に泣いていた。
痛ましかった。
世界中から見放された幼子が孤独と絶望に泣いているのと何も変わらなかった。
ガブリエルはずっと助けて欲しかったのに、俺が助けを求めたその手を突き放してしまったんだ。
「ごめん」
抱きしめるしかない。
いくら拒まれても暴れられて顔を引っ掻かれても、今だけは手放せない。
手放したらガブリエルの助けてと言う悲鳴が、この世の全てを誹る呪詛と、己で己を痛めつける自壊に変わってしまうから。
「もう痛い思いをしたくない」
「痛いのは嫌だよな、ずっと嫌だったんだよな」
「誰かに絶対的に必要にされたい。私が死んだら死んでくれる人が欲しい」
「俺がいるよ」
「じゃあ好きって言って。寂しいのはもう嫌なの」
「そんな甘い感情なんか要らない。俺はガブリエルに寄生してガブリエルの一部になる。そうすればガブリエルといつだって一緒だし、ガブリエルが死ねば俺も死ぬよ」
「本当?また裏切られたりしない?」
「そう感じたら俺の体と命を『分別』して捨ててしまえば良いだろ?」
「うん!」
ガブリエルはようやく笑って――そのまま糸が切れたように俺の腕の中で寝てしまった。
……振り返ったら、エルマーが俺に向けてとっても良い笑顔で両手サムズアップしていた。
「さすがアルセーヌさん!漢だ!凄い!
でも……ちょっと痛そう……かな」
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