第2話 暗い未来を思いながらも

粗末すぎる、馬車とも言えない馬車に詰め込まれて、俺は今後について想像するだけで暗澹たる気持ちで俯いていた。

「あの……」

ケルテラルス侯爵令嬢が俺に話しかけてくれた。

泣きたいのを必死に堪えている、そんな悲壮な顔をしている。

「ありがとうございます」

「俺は何もお礼を言われるようなこと、出来ていないですよ」

「いいえ、私のために抗議して下さって……ありがとうございました」

……落ち着いてきたからか、ようやく殴られた頬の痛みを感じた。

痛いな、畜生。

「いえ……まさか俺も『鑑定の儀』であんな変態スキルばっかり見つかるなんて思ってもいなかったから。それが原因で一昨日には家族からも絶縁されるし……婚約破棄もされたし。浮気されていたことにも今更気付いたし……色々と鬱憤がたまっていただけですよ」

「あの、どのようなスキルだったのでしょうか?差し支えなければ教えていただけませんか」

「淑女には絶対に聞かせられないようなスキルばっかりでして」

『感度操作』とか『淫紋支配』とか『強制絶頂』とか『エロステータス開示』とか、女性に聞かせるだけで、強制わいせつ罪になる……。

そんなどすけべ系スキルが全部で幾つあったか、俺自身もまだ覚えきれていない。

「あら。私はもう貴族の位を奪われて国を追放される身ですから、そんな遠慮は要りませんのに」

「……俺にも羞恥心があるので勘弁して下さい」

「とても邪淫の徒とは思えないですわね」

「俺だって『鑑定の儀』のあの時までは……ごくごく普通の公爵家の次男坊でしたから」

「ええ、最初は複数スキル持ちだなんて希有だと教父様達も大騒ぎになっておりましたね」


 このアザレナ王国でも貴族と王族のみが『スキル』を持つ。1つとして同じ力はない、固有の特殊能力のことだ。

特権階級『が』持つのではなくて、『持っている』が故の特権階級なのである。

基本的に1人につき1つしか持たない。

一昨日……卒業式の前日に行われる『鑑定の儀』を受けて初めて見つかり、使えるようになる。

偶然、複数見つかった俺の時は『鑑定の儀』を執り行った大教父様が驚きのあまりに感動の声を上げたのだ。


 ……その全部がどすけべ系だったから大教父様は泡を吹いて気絶。

 その場にいた全員が俺を邪神が取り憑いた邪淫の徒だと断罪。

 挙げ句に俺は家族から絶縁宣言を受けて、今日には元婚約者まで以前から王太子と浮気していたことが分かったのだ。


 一昨日から始まったにしては、王太子とのあの近すぎる距離感はあり得ない。

それに……アデライト・アングラール公爵令嬢の尻の方の経験数が『206』って何だよ。しかも代用物じゃなくてホンモノを突っ込まれている(突っ込んでいるのかも知れないけれど)。

俺には高飛車な態度ばかり取っていた癖に、尻好きド変態だったのか。

知らなかった。

知りたくなかった。

いっそ前が処女じゃない方がマシだ。

処女にこだわるつもりは全く無いけど、反射的に俺の心身が尻好きド変態女の存在を拒絶して鳥肌が立った。

絶対に触りたくないくらいに汚いと思ってしまったんだ。


 人の一番のプライバシーを簡単に暴露するなんて、『エロステータス開示』ってマジでろくでもないスキルだと思う。

「私も『分別』なんて地味なスキルでなかったら……追放はされなかったのでしょうか」

ドレスを着ていたケルテラルス侯爵令嬢が、そう言った後で夜の寒さにぶるりと震えた。

俺は一昨日から着っぱなしの上着を脱いで渡す。

「すみません、臭いますけど無いよりはマシですから」

「でも!」

俺がシャツ一枚になったからケルテラルス侯爵令嬢は慌てた。

「気にしないで下さい。これでも頑丈な方なので」

俺は突っ返されないために薄目を開けて寝たふりをする。

ケルテラルス侯爵令嬢は少しの間迷っていたが、どうにか上着をかぶってくれた。

「……この方が邪淫の徒だなんてあり得ないわ。断罪した方が間違っています」


 小さな呟きを聞きながら、一昨日から眠れなかった俺は意識を失うように寝ていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る