百人一首で戦いたい!

 生徒会長として学校生活を楽しくしたい。


 そう考えたワカナは、学校行事でかるた大会を開催しようと企画を立案した。そして今、生徒会室にはい草のラグが敷いてある。ワカナは眉をきりりと上げて札を指さした。


「というわけで百人一首をしよう」

「私とですか?」

「そうだよ。まずは予行演習をしないと」


 ワカナは頬を赤らめて咳ばらいを一つする。


「それにほら、なんていうかさ。初めての相手はバンドウしかいないと思って。いや違うよ、他の生徒では相手にならないってことだからね」


 素直になれない彼女に呆れながらバンドウも上靴を脱ぐ。畳に膝をついて札に目を落とすと、ワカナの手元は震えていた。


「どうしたんですか」

「いや、思ったより顔が近くて」


 ワカナが顔を上げると、バンドウも同じタイミングで上げた。


「ちょっと! ちゅーしちゃったらどうすんの!」

「かるたを何だと思ってるんですか」


 これでは始まる前から負けてるようなものだ。ワカナは両手で頬を叩いて気合を入れる。読み上げアプリの再生ボタンを押したら、いよいよ試合が始まった。


 それは一瞬だった。


 一文字目が読み上げられた瞬間、バンドウは物凄いスピードで札にそっと手を置いた。


「私には勝てませんよ。ちはやふるを三回も読み直したので」

「やるじゃん」


 ワカナの心に火が付いた。彼女は敵が強いほど燃える性分なのだ。腕まくりをして気合を入れる。果敢に敵陣を攻める。


 札を取った。と思ったら二人の手が重なった。


「おっと」「うわっ!?」


 焦って手を引っ込めると、バンドウは顔を上げる。


「子供の頃はいつも手を繋いでいたでしょう」

「それとこれとは違うの」

「そうですか。では思う存分、手を重ねておきます」


 伸ばしてきた手を振り払った。 


「ああ、かるたの醍醐味だいごみが」

「かるたを何だと思ってるのよ!」


 冗談はここまでにして試合に集中する。一枚二枚と互いの陣地は減って行く。実力はほぼ互角。次の一手で勝敗が大きく動こうとしていた。


 せおはやみ。最初の『せ』でワカナの体は動く。


 彼女にとってこの歌は特別だった。『瀬をはやみ岩にせかるる滝川の』この上の句がキーになる落語が『崇徳院すとくいん』だ。ワカナは恋を秘めたままにする主人公と、自分とを重ね合わせていた。


 だからこれだけは絶対に取りたい。


 なのに手が止まった。札がない。取られたわけでもない。空札ではないから、どこかにあるはずなのにない。


「われても、われても……あれ?」


 バンドウは胸ポケットから札を取り出した。


「すみません。私の反則負けです。これだけ抜いておきました。私たちにこの札は必要ありませんので」


 バンドウは下の句を読み上げる。


「割れても末に逢わんとぞおもう。別れてもまたいつか会える。私はワカナと悲しい別れなんてしたくありません。ずっと一緒にいたいのです」


「そんなのあたしだって」とワカナが前のめりに手を着くと、畳にある札がはらりと浮いた。


「それは告白とみなして宜しいでしょうか」

「え、いや、違うからっ!」

「ではこれは」


 彼女は自陣にある札を指さす。それはワカナが送った札だった。かるたでは敵陣にある札を取ると、相手に札を一枚送るというルールがある。


「『しのぶれど』は隠せない恋心を詠んだ和歌です。他にもあなたが送った札はすべて、愛する思いをつづった歌なのです」


 バンドウは札で口元を隠した。


「つまりそういう意味ですよね」


 ワカナは顔を真っ赤にしてかるたを箱にしまうと、鞄に放り込んで逃げるように帰ろうとした。足を止めて振り向いた。


割れても末に逢わんとぞおもう!」

「ええ。また明日、学校で会いましょう」

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