カラオケで歌いたい!

 生徒会の仕事が終わると、今日も二人で遊びに出かける。


 カラオケボックスのテーブルには、バケットに入ったポテトが食欲をそそるいい匂いを漂わせていた。バンドウは背筋を伸ばしてソファに座り、合いの手を入れる。


 視線の先にいるワカナは、腕を振って気持ちよさそうにアニソンを歌っていた。


 正直あまり上手いとは言えないけれど、本人はそんなことを気にしている様子はなかった。ただ楽しく子供のような笑顔で歌っている。


 なんだか汗すらも爽やかに輝いて見えてきた。


「やっぱ楽しいねー。でもそっちは退屈じゃない?」

「いえ。ワカナの歌を聴いているだけで楽しいので」

「ふーん。そう」


 照れて目を逸らす。額からまた別の汗が流れてきた。バンドウはタオルを差しだして素直に感想を述べる。


「でもやっぱりちょっと下手です」

「はいはい。だったらバンドウが歌ってみてよ」


 冗談でマイクを向けるとタッチパネルに手を伸ばした。


「そうですね。たまには私も歌いましょう」

「え、ほんとに?」

「ええ。楽しく歌うのが大事だと気付きましたので」


 すばやく選曲を済ませると、立ち上がってワカナの方を向く。両手でマイクを包み込むように持って、真っ直ぐ見つめたまま息を吸い込む。


 イントロが流れた瞬間、ワカナはコーラを吹きそうになった。


 それは流行りの曲で歌詞も大体分かっている。自分は絶対に歌わないであろうラブソングを、バンドウは直立不動で歌いだした。


「好き好き、好きだよ。ほんとだよ」


 歌い慣れていないせいか舌ったらずに歌う。ワカナは座っているだけなのに汗が止まらなかった。可愛いから聴いていたい気持ちと、恥ずかしくて逃げ出したい気持ちがぶつかる。


 ただ歌っているだけだと自分に言い聞かせて、なんとか耐えた。


「どうでしたか」

「き、気持ちは伝わったよ」

「それはよかった」


 ようやく終わったと思ったら、次の曲が流れ始めた。


「ワカナ。立ってください」

「あたしこんな曲入れてないよ?」

「次はデュエットソングです」

「ええ!?」 


 慌てふためくワカナにマイクを渡す。逃げられないように手を握る。


「心の底から好きです。あなた」

「ほにゃほにゃ、わたしも」

「歌詞が違います」

「分かってるよ!」


 もう自棄やけクソで歌う。


「すき焼き食べたい」

「ほにゃ焼き食べよう」

「その『すき』はラブではありません」

「分かってるって!」


 見つめあって歌う。


「好き好きラブラブ。愛してるんるん」

「そんな歌詞じゃないじゃん!」

「分かってますよ」

「こいつ」


 曲が終わるとワカナは椅子にへたり込んだ。


「歌なら好きって言えませんか」

「それも無理なのよ」

「ふむ。では一人で歌います」

「もういいよ!」


 これ以上は心臓が持たない。これじゃ『寝床ねどこ』だ。死人が出るほど下手な歌声を聴かされる落語と同じだ。もう勘弁して欲しいとワカナは頭を下げた。


「では歌うのを止めます」


 ほっと胸を撫で下ろす。


「その代わり私のになってください」

「はい?」


 バンドウはソファに横たわると、ワカナの膝に頭を乗っけた。


「私はこれから寝ます。ですので、耳元で好きと言われても気付きませんから。ではおやすみなさい」


 それだけ言ってぴたりと目を閉じた。すぐに寝息が聞こえてくる。試しに体をゆすってみても起きる気配がない。


「本当に寝てるよ。この子」


 ワカナは溜息をついて笑うと、マイクをテーブルにそっと置く。眼鏡をケースにしまってあげる。小さい頃やっていたように髪を撫でながら、ささやくように子守唄を歌ってあげた。


「下手でごめんね。恋愛」

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