ワカナ×バンドウ

生徒会長は遊びたい!

 高座女学院の生徒会室は二人だけのものだった。


 一人はスクエアの眼鏡をかけて真面目に本を読んでいる。ちょうど本を読み終えたところで、もう一人のさっぱりした短髪の女子が肩を叩いた。


「放課後どっか遊びに行かない?」 

「今日もですか」


 いかにも堅物そうな彼女は会計のバンドウ。そしてノリの軽い方は生徒会長のワカナ。小さい頃からの幼馴染だから、いつもこんな調子で遊びに誘う。


「本もいいけど知識だけじゃだめなの。ちゃんと遊ばないと」

「あなたは遊びすぎです。ちゃんと仕事をしてください」


 ワカナは口笛を吹いてごまかす。バンドウは呆れたように眼鏡を上げた。そしていつもどおり首を振る。ここまでがお決まりだった。


「それで一体、どこで何を」

「それは着いてからのお楽しみ」


 ワカナは笑って鞄を肩にかける。真面目一辺倒の彼女を誘って遊びに出かける。『明烏あけがらす』のように。


 ――明烏とは。恋愛の経験がなくて遊びを知らない。本だけで得た知識しかない。そんな初心うぶな人に女遊びを教える落語。


 からすが鳴いて日が暮れる。街灯の明かりが灯りだす。二人は学校の裏手にあるショッピングモールへと出かけた。


 ピンク色の大きな箱を指さしてワカナは言った。


「一回やってみたかったのよね。プリクラ。一人じゃ入りづらいしさ」

「それはその通りです」 


 ロボットみたいな返事もワカナには慣れっこだった。別に嫌ではないことも声から分かったので、さっそく中に入ってみる。


 バンドウはキッチリ揃った前髪を鏡で細かく直す。


 画面には爽やかな笑顔のイケメン女子と、無表情でピースをしている眼鏡女子が写っている。チグハグすぎてワカナが笑っていると、次の撮影が始まった。


「あ、これ何枚も撮るの? え、ポーズどうしよう」

「ワカナ。こういう時はこうするんです」


 指でハートを作る。二人で合わせるように指示をする。


「やり方は本で読みました。知識だけはありますので」

「そ、そう」

「恋人はみんなこうするそうですよ」

「ええ!?」


 ワカナは焦った。プリクラはゲーム感覚で写真を撮るだけだと思っていた。でも実は恋人同士がイチャイチャする場所でもあったのだ。


 バンドウはここぞとばかりに恥ずかしいポーズを要求してくる。狭い室内でぐいぐいアピールしてくる。ワカナの目は泳ぎまくっていた。


 このイケメン女子、遊びは得意でも恋愛は苦手なのだ。


 こういう色恋沙汰に関しては経験がない。迫られるとドキドキしてパニックになる。好きなのに好きと素直に伝えられない。だからバンドウは考えていた。


 今日こそ彼女に『好き』と言わせてみせると。


 撮影枚数はまだ残っているのに、ワカナは耐えきれなくて逃げようとする。眉一つ動かさずに首根っこを掴む。


「二人で入ったのに、一人だけ出てきたらおかしいでしょう」

「うぐっ。ごもっともです……」


 撮影を終えると今度は隣にある筐体で写真を加工をする。バンドウは二人をハートで囲って好きと書いた。「うわっ」とワカナは飛び上がって頬を染める。


「何て書いてあるか読めますか」

「あたしには読めない!」

「日本語ですよ」

「文字が達筆すぎて読めない!」


 また逃げようとするから腕を絡める。


「プリクラに入ったカップルは、もっと仲良くなって出てくるそうです」

「ていうか、あんたが読んでるの経済学の本でしょ!」

「バレましたか」


 今日も上手くいかなかった。だけど彼女は諦めない。


 いつか必ず好きと言わせてみせる。ハートでいっぱいのプリクラを見て、バンドウは微かに笑みを浮かべると、それを大事そうに財布にしまった。

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