雨乞いブルースプリング
「ねえマルちゃん」
「なんすか先輩」
「今日も暑いね」
「ぜんぜん雨降ってないっすからねー」
蜃気楼が揺らめく夏の午後。河川敷のほとりを二人は歩いていた。太陽をたっぷり吸収したレース付きの日傘をキクカワはくるりと回す。
「ここはオカルト研究部の出番やと思うの」
「神にでも祈るんですか?」
「そう。雨乞いをするの」
――
「でも雨乞いってなにを?」
「歌って踊るの。雨の神様を応援するんよ」
先輩は日傘を高く掲げると、神主がお祓いするように振る。振りながら清流のように澄んだ声で歌った。
「ふれーふれーあーめ。ふれふれ、あーめ、ふれふれ、あーめっ」
「かわよ♡」
「いや、一緒にやってよ!」
「さすがに恥ずいですって」
さっきまでの自分を思い返して先輩は顔が赤らむ。マルヤマはにやにやしながら日傘を畳んだ。
「先輩、わたしも一個思いついたんです」
「どんな方法?」
「わたしたち結婚しましょう」
「いきなり!?」
マルヤマは指で狐を作ってみせた。
「先輩とわたしは今から狐になるんです」
「つまり嫁入りってこと?」
「そうっす。語尾はこんで」
「わ、わかったこん」
キクカワも指で狐を作って返事をした。
「かっわ♡」
「こんつけてよ」
「かわいいこん」
「ありがとこん」
目と目が合っておかしくて笑いがこぼれた。にたりと笑顔を浮かべながらマルヤマは先輩の日傘の中に入る。しっとりと汗で濡れた褐色の肌を、先輩の白い二の腕にくっ付けた。
「あ、暑いこん」
「わたしたちは結婚したんですから。共同作業こん」
「でもでも……こん」
「かわいいこーん♡」
寄り添って歩くのは嬉しくて幸せだけれど、暑いものは暑い。二人は途中で自販機の缶ジュースを買い、木陰で一息入れることにした。コーラの赤い缶はたちまち汗をかく。
「これも一本なの?」
「だって共同作業ですから」
「でもこれ、間接キスやし」
「なんで今さら恥ずかしがるんっすか。今までめっちゃチューしたのに」
俯いて照れる先輩のほっぺによく冷えたジュースを当てる。二人はちびちびとコーラを飲みながら、たわいもないことを語り合った。笑い声は青い夏空に溶けていった。
もう雨乞いのことなんてすっかり忘れた時だった。
ポツリ。アスファルトに一つ点を打ったかと思うと、雨の匂いが立ち込めて街は一気に潤う。喜雨は地面を強く叩いて、ざあざあと喜びの音色を奏でる。
キクカワは日傘を畳むとマルヤマに言った。
「ね、濡れようよ!」
「風邪ひきますよ?」
「大丈夫、私アホやもん」
「わたしもですよ!」
二人は雨の中を走った。「きゃー!」っと声をあげながら水溜まりを思いきり踏む。光の粒が跳ねる。輝くシャワーを浴びながら天を仰ぐ。
髪は濡れ、服は透けて滴り、靴下までぐっしょり水浸しになった。だけど二人は楽しかった。二人だから雨でも楽しい。
「気持ちええね!」
「わたしたちが降らせたんっすよ!」
「喋ってただけやけどね!」
「それでいいんっすよ!」
雨乞い源兵衛と同じだった。なんにも願わなくたって雨は降る。自然は気まぐれでわがままなのだから。だから二人は願わなかった。
晴れることを。だから空に虹が架かった。尾頭付きの。
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