雨の日のオセロ

 曇りの日が続いていた。今日もまた天気は悪かった。


「待った!」


 生徒会室に威勢のいい声が響く。ワカナは緑の盤面を手で制す。バンドウの置こうとする白い石を止める。オセロを止められる。


「待ちません。もう何度目ですか」

「いいじゃん。あたしとあんたの仲なんだからさ、それぐらい待ってよ」

「……それぐらい?」


 カチンと音が鳴った気がした。


 マグマが噴火する前というのはこういう状態なのかもしれない。バンドウは腹の底から熱の塊が溢れ出してきた。なによりも彼女の「待った」に腹が立つ。


 本当に待たされているのだから。


 子供の頃からずっと待っている。から一向に好きと言ってくれない。白黒ハッキリしない。さすがに堪忍袋の緒が切れた。


「もう結構です。遊びは止めましょう」

「あたしはあんたと遊びたくて――」

「あなたはモテますから。他にも遊び相手がいるでしょう」

「ああそう。じゃあ他の子と遊ぶから!」

「お好きにどうぞ」


 ワカナは鞄を乱暴に肩にかけると、そっぽを向いて出て行った。


 一度入った亀裂を元に戻すのは難しい。どちらかが謝らない限り争いは終わらない。その日から二人は顔を合わすことがなくなった。


 まるで落語の『笠碁かさご』のようだった。仲の良かった二人は、たった一言の「待った」から喧嘩別れしてしまう。


 教室でも目を合わさない。生徒会室に会長の姿はない。


 むしろ彼女がいないと仕事がはかどった。いちいち遊びに付き合う必要がないのだから。他愛もない話をする必要もない。


 天気はしばらく曇りが続いていた。


 バンドウが一息入れるために席を立つと、オセロが目に留まった。あの日のまま置いてある。盤面を自分の方へ寄せた。


「遊ぶのは一人でもできますから」


 止められた続きの手を打とうとする。打てない。


「一人で遊んでも楽しくないですね。ほんとうに。私のバカ」


 その時、生徒会室の前を人影が通り過ぎた。何度も往復しては小窓から中を覗き込む。バンドウは廊下に聞こえるように言った。


「ワカナと遊びたい」


 扉が開いた。彼女は座る。黙ったまま向かい合う。いつの間にか降りだした雨音だけが部屋に響く。先に沈黙を破ったのはバンドウだった。


「幼稚園の時」

「うん」

「あなたに告白されたこと、私はちゃんと覚えてますから」

「……あたしも忘れてないよ。思い出したくないけど」


 それでも思い出してみる。あれは年少の頃だった。


「クマコちゃんがちゅきだ」


 ワカナはその日、初めてバンドウの名前を言って告白をした。ぽかんとしている彼女に花束を差し出す。雑草やタンポポをリボンでまとめただけの花束を。そしてほっぺにちゅーをした。


 するとその光景を見ていた他の園児たちが言った。「えっ、女の子同士なのにちゅーしてる!」と。


「あれはガーンときたね」

「でも幼稚園児ですよ。ただ思ったことが口に出ただけです」

「それでもあたしには忘れられないの」


 溜息をついてオセロをいじる。白にしたり黒にしたり。バンドウは止めていた次の手を打った。ワカナの石は黒から白にはっきりと変わる。


「もう結構です。好きと言わなくても」

「でも。ごめん」

「言わなくても大丈夫です。言わなくても伝わってますから」

「!!」


 ワカナは鞄を勢いよく肩にかけると、手を差し伸べた。


「それならあたしも分かるよ。言わなくても。傘忘れたんでしょ?」

「ええ。だから待ってたんです。あなたを」


 相合傘に雨が流れる。傘の先から零れ落ちた雨は肩を濡らさなかった。前よりも二人の距離は近づいていた。

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