お化け屋敷で冷やしたい!

 オカルト研究部は暑かった。


 いよいよ本格的な夏が迫ってきているというのに、クーラーの効きが悪い。頭上から生暖かい風を浴びてマルヤマはうなだれていた。


「先輩、今日はもう帰ります?」

「そうやねえ、でもうちはオカルト研究部やから」

「だから?」

「お化け屋敷でもして涼まへん?」


 電気を消してカーテンを閉じる。薄暗くなった室内にランプを一つ灯すとそれらしい雰囲気が出る。肌襦袢はだじゅばんを羽織ったキクカワは、えりに手を添えて会釈をした。


「どうも雪女です」

「よっ、待ってました!」

「それでは冷やさせてもらいますえ」

「たっぷり!」


 かしこまりましたと扇子を開く。ぱたぱたと風を起こし、冷感シートで顔を拭く。お化け屋敷の幽霊が客をもてなす。まるで『化物使ばけものつかい』のようだった。


 ――化物使いとは。妖怪たちが人間にあれこれ指図され、家事をさせられるという、楽しいお化け屋敷のような落語。


「そもそも、雪女ってこんなんやったかしら?」

「現代はこうなんですよ。温暖化で雪山にいられないでしょ?」

「うん」

「だから冷蔵庫で人と同居してるんですよ」


 そのお礼として涼を与えるのが現代の雪女なのである。自信満々にそう言うと先輩はあっさり信じた。マルヤマはシャツを捲っておへそを出した。


「なんでお腹を!?」

「汗かいてるからですよう。雪女だから吹雪ぐらい出せますよね?」


 にやにやと笑みを浮かべてシャツをたくし上げる。キクカワはごくりと唾を飲みこむと、しゃがみこんで後輩のお腹を見た。汗ばんだ褐色の肌が目の前にある。


 おそるおそる唇を震わせた。


「くすぐった!」

「ご、ごめん!」

「いえいえ、涼しくて気持ちいいですよー♡」

「それはよかったです……」

 

 雪女の頬はリンゴみたいに赤い。そもそも彼女が冷やしてあげたいと言ったのだから、こうなっても文句は言えない。実際、涼しそうな後輩の顔を見るといい気分でもあった。


「あ、そうだっ!」

「今度はなに!?」

「雪女って全身が冷たいんですよね?」

「え、そうやけど。え?」


 マルヤマはにんまり笑うと立ち上がって抱きついた。慌てふためく先輩を見つめて、からかうような声で尋ねる。


「雪女ってこんな熱々でしたっけ?」

「だってそれはその……」

「これ以上すると溶けちゃいます?」

「んんっ♡」


 ごめんなさいと笑ってマルヤマは腕を離した。離したらすぐに肌襦袢を脱がして制服のボタンに手をかける。

 

「じゃあ脱がせますね」

「どうして!?」

「今度はわたしが雪女ですから。たっぷり冷やしてあげますね」


 もう頭が回らなくなったキクカワは、流れに乗せられて制服を上だけ脱がされた。


 白くきめ細かい肌がこぼれる。長い髪を肩にそっとかけてあげると、マルヤマは汗拭きシートで背中を優しく撫でた。


「ねえ、先輩もいいんですよ」

「え?」

「後輩使いが荒くても。して欲しいことがあったら言ってくださいよ。わたしは先輩が大好きなんです。色々してあげたいんです」


 キクカワは目を伏せてしばらく黙った。ぽっと頬を染めた。 


「……一緒にアイス食べたい」

「いや可愛すぎ。てかそれ『したい』ことじゃないですかあ」

「あかん?」


 ゆっくりと振り向いた先輩は瞳を潤ませていた。


 マルヤマはうーんと考えてから「キャラメルリボン」と言うと、先輩は「私もそれ好き!」と嬉しそうに顔を輝かせ、もっと頬を赤らめた。


「なんか変やわ。ひんやりしてるのに胸がドキドキしてるの」

「わたしもですよ。だってここ、お化け屋敷ですもの」

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