心霊写真はチェキで

「じゃーん。チェキ買っちゃいました」


 マルヤマは鞄からおもちゃみたいなカメラを取り出すと、それを誇らしげに掲げた。目をキラキラさせて無邪気にはしゃぐ後輩が可愛くて、キクカワの胸はキュンとなった。


「それで何を撮るの?」

「それはもちろん。心霊写真ですよ」


 試しに部室で一枚撮ってみることにした。ファインダーを覗いたマルヤマは、レンズの向こうにいる先輩に指示を出す。


「じゃあ先輩、キス顔お願いしまーす」

「どうして!?」

「だって幽霊はイチャつかないと写らないんですもの」

「そうなの?」

 

 心霊写真には共通点がある。それは人物写真が多いということ。人の周囲に幽霊が写り込むのは、人が楽しそうにしているからなのだ。楽しそうだから一緒に写りたいのである。


 マルヤマはファインダーから目線を外した。


「それになんか幽霊を撮ってあげたくて。存在してたことを残してあげたいなあって。先輩との楽しいも。ダメですか?」


 返事の代わりに目を閉じて、唇をすぼめた。


 何も言わずにシャッターを押す。フィルムの残り枚数のカウントが一つ減って9になって撮影が始まった。


 放課後の校舎を歩く。シャッターで時間を切り取ってゆく。


 教室でノートを広げてパシャリ。階段に座ってパシャリ。屋上で空を仰いでいるところを、夕日の差し込む廊下で振り返るところをパシャリと撮る。


 とにかく幽霊が写るように色々なところで撮影した。


 下駄箱で靴を履き替えるとこ。体育館裏で涼んでいるとこ。校庭を並んで歩くところは同級生に頼んで撮ってもらった。


「スマホもええけど、チェキもええね」


 その場で現像される写真を興味深そうに見ながら、キクカワは言った。


「回数が限られてるから、一枚一枚が大切でいいんですよ」

「そうやね。なんか景色も特別に見えるわ」


 何気なく見上げたいつもの校舎も違って見えた。


 それから二人で自撮りもしてみた。寄せあった頬はお互いに熱かった。


 楽しいをいっぱいフィルムに閉じ込めたら、カードタイプの写真になって出てくる。じんわりと風景が浮かび上がる。それをまとめてスカートの浅いポケットに入れた。


 部室に戻ってテーブルに写真を並べる。キクカワは残念そうに声を落とした。


「何も写ってへんね」

「いや、ばっちり写ってますよ。かわいい先輩がたくさん」

「ええっ♡」


 キクカワは急に自分の写真が恥ずかしくなって、直視できなくなった。その可愛い写真の中からマルヤマは一枚手に取る。


「幽霊は写ってなくても、写真には霊的な力があるんですよ」

「霊的?」


 ――写真の仇討あだうちとは。ありったけの怨みを込めれば、たとえ衣服であっても刺せば血が出る。そして本人にも何らかの影響を及ぼすという、オカルトめいた落語。


「つまりですね、わたしの愛情をたっぷり込めれば」


 そう言ってマルヤマは手に持った写真にキスをした。最初に撮ったキス顔の写真に。


「どうっすか。好きな気持ち伝わりました?」


 キクカワは真っ赤になったまま小さく頷いた。キスをするより恥ずかしくて何も言えなくなる。マルヤマはチェキを自分に向けてシャッターを切ると、ぺらりと出た写真を渡した。


「先輩もどーぞ♡」

「ええっ!?」


 ドキドキして写真を持つ手が震える。そうしている間に映像が浮かび上がってくる。キクカワはかぶりを振った。


「やっぱりできひんわ」

「えー恥ずかしいんですか?」

「だって見られてるもん」


 チェキにはキス顔のマルヤマが写っている。その後ろには知らない女子生徒たちが写っていて、二人は楽しそうにピースをしていた。

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