あたま畑でつかまえて
「どうしましょ。種を飲み込んでもうたの」
部室に入ってきたキクカワは様子がおかしかった。頭にぽこんと一つ。小玉のスイカが生えている。まるで『あたま山』のように。
――あたま山とは。さくらんぼの種を飲みこんだら、桜の木が頭から生えてくる、頭がおかしくなる落語。
とにかく『あたま畑』からスイカを収穫してみた。
家庭科室で切ってきて部室のテーブルに並べる。割ると果実はピンク色だった。マルヤマはスイカにかぶりつくと、ハート型の種をぷっと小皿に吹きだす。
「先輩のスイカめっちゃ甘くて美味しいっす!」
「ど、どうも。それより何ともない?」
「特には。先輩こそ大丈夫なんですか?」
キクカワは自分の頭を触った。ツルが生えて花も咲いてる。害はなさそうだった。マルヤマは興味津々で植物に触れる。花の香りを嗅いでいると必然的に顔は近くなった。
「マ、マルちゃん」
「ん。今日も先輩はかわいいですね♡」
にこっと笑う。すると突然ツルがめきめきと伸び、花はぱっぱと開き、スイカはぷくりと膨らんだ。
「成長した?」
「わ、私なんもしてへんよ?」
「じゃあ一体……ん、先輩の周りに何かいますよ」
甘い果実に誘われたのか妖精たちがやってきた。スイカ柄のレオタードを着た彼女らはジャングルになった頭の上で寛いでいる。手のひらで寝ている。
「スイカの精なんかな。かわええね」
「先輩だって森のお姫様みたいでかわいいっすよ♡」
「そ、そうかな♡」
花冠を載せたキクカワはツルを指に絡めて照れる。するとまたツルは地面を這うように成長した。黄色い花がそこら中に咲いて、果実はいくつも膨らむ。
「まさかこれって」
マルヤマが原因に気付いた時にはすでに植物が天井にまで達していた。といって根っこを引き抜けば頭に穴が開く。しかしこのまま放っておくと学校がスイカ畑になりかねない。
なによりも先輩の身が危ない。だから、こうするしかなかった。
「わたし、先輩が嫌いです」
「え?」
鼻先でふんと笑う。
「最初から遊びだったんです。お金持ちのお嬢様だから近づいたんです」
軽蔑するような視線を送る。
「わたしたちはただの後輩と先輩。卒業したらどうせ一年で忘れますよ。先輩だってそうでしょ。先にどっか行っちゃうんでしょ?」
そして最後に目を逸らした。
「だから今日で終わりにしましょう。さようなら」
ぶわっと涙が溢れる。雫はすうっと褐色の肌を流れた。震えた声で泣いていたのはマルヤマの方だった。
「あーあ、もうちょっとで全部枯れることだったのになあ」
キクカワは頭が軽くなっていることに気付いて辺りを見た。ツルは茶色くしおれ、花はうなだれ、果実は萎んでいる。
「そのスイカ、先輩の脳内を栄養にしてるみたいなんです。わたしを好きな気持ちが養分になって、甘いスイカを育てたんですよ」
だから嫌いになれば枯れる。そのために黙って嘘をついた。
「マルちゃんっ」
その瞬間、スイカはみるみる大きく育って頭上でぱかんと割れる。ツルは綺麗にすぽんと抜ける。妖精たちをみんな吹き飛ばす。
呆気にとられて顔を見合わせる。笑いが込み上げてきた。
「スイカ食べよっか」
「ですね」
二人は妖精たちを拾い上げて抱えた。きょとんとする彼女らにスイカを差し出すとバンザイをして喜ぶ。緑であふれる部室のテーブルをみんなで囲む。
さあ、いただきますと頬張った時だった。マルヤマは真顔で言った。
「先輩大変です」
「どうしたん?」
「わたしも種、飲み込んじゃいました」
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