七度こっくりさん

 窓ガラスに夏空が映える。透明なガラスにうっすらと映り込んだキクカワは、空に浮かぶ綿菓子をじっと眺めていた。


「先輩、悩みごとですか?」

「そうなの。今日のおやつが決められなくて」

「なんすかその悩み。可愛すぎですか」

「もう。こっちは本気なのっ」


 ほっぺを膨らませてムッとする。マルヤマは満面の笑みを湛えながら、指で自分の唇をなぞった。


「だったら、こっくりさんに訊いてみます?」


 部室のテーブルに古びた紙を広げる。平仮名のちりばめられた用紙に十円玉をからんと置く。先輩は長い黒髪を耳にかけて覗き込んだ。


「お狐様に質問するやつね」

「そうっす。でもこのこっくりさんは『七度狐しちどきつね』様なんですよ」


 ――七度狐とは。一度でも危害を加えると七回騙し返すという、非常に妖力の強い狐がいた。その狐が面白おかしく人を騙しまくる落語。


「危ないってこと?」

「いや、ルールさえ守れば何でも答えてくれるんです」


 ルールはこうだ。必ず七回質問をすること。少なくても多くてもだめ。質問が終わるまで十円玉から指を離してはいけない。離すと災いが降りかかる。


 というのをマルヤマが勝手に考えた。ローカルルールだと言うと、先輩はあっさり信じた。そんなわけで二人は硬貨に指を伸ばした。


 キクカワはおずおずと訊ねる。


「こっくりさん、こっくりさん。おやつは何を食べたらいいですか」


 そんな可愛らしい問いかけに、ずずずっと十円玉が動き出す。一文字ずつ移動して四つ目で止まった。先輩は驚いて口をぽかんと開けた。


 ど・お・な・つ


「え!? なんで私の好きなもんが分かるの?」 

「こっくりさんですからっ」


 ふふんと鼻を鳴らす。マルヤマは指に込めた力をそっと緩めた。


「じゃあ次はわたしの番ですね。こっくりさん、こっくりさん。わたしが先輩のことをどう思ってるか答えてください」


 指に思いきり力を入れて『す』と『き』に持って行く。先輩の顔が赤くなった。触れ合った指先から熱が伝わってきたのを感じて、マルヤマはにやにやと笑みを浮かべた。


「おー当たってますねー」


 恥ずかしくなって口を閉じてしまった先輩に代わって、マルヤマは次の質問を続ける。 


「では、先輩の気持ちも訊いてみましょう」

「え!?」

「こっくりさん、こっくりさん。先輩はわたしのことをどう思っているのか教えてください」


 またすすすっと硬貨が動く。四回移動して止まる。キクカワの気持ちが言葉になって現れた。


 だ・い・す・き


「そうなんや……好きなんや……」


 キクカワは思わず両手をほっぺに当てた。どうやら完全に信じ込んでしまったらしい。ずっとぽわぽわしている。そんな先輩が可愛すぎてマルヤマは片手で口を覆った。


 もう片方はまだ十円玉を押さえている。あっと声を上げた。


「先輩、指離してますよ!」

「あっ。ど、どうしよう!?」


 マルヤマは咄嗟にルールを付け加える。


「大丈夫ですよ。災いって言っても、質問したことがなかったことになるだけですから。呪いを解くにはキスをすれば――」


 机に両手がついた。キクカワは体を前へ伸ばした。マルヤマの唇に柔らかいものが重なった。重なった。七回も。


「せ、せんぱい」

「だって七度狐やから。間違ってた?」

「あ、あっております……」


 マルヤマはくらくらして頭がぼうっとしてきた。このままだと鼻血が出そうな気もする。ともかく、これ以上先輩のかわいい成分を摂取すると命に関わりかねない。そう思った時だった。


「あ、マルちゃん、指離してるよ!」

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