あなたとしたいこと

 そこは春で満たされていた。


 化粧品や服でいっぱいのショウコの部屋は、ピンクとホワイトで揃えられている。あまりの可愛さにエンマは眩暈がしそうで、深呼吸をすると甘い匂いでくらくらした。


「でもその、初めてのデートが家でよかったの?」

 

 ショウコはこくりと頷くと、とてとて歩いて抱きついた。


「ここでしたいの。えっちなこと。だめ?」


 エンマは返事の代わりに腰に手を回す。柔らかくて暖かい。彼女の顔をまじまじと見ていると、いつもと違う気がして首を傾げた。


「なんか雰囲気違う?」

「うん。メイク変えたの」


 一瞬、不安そうに瞳が揺らいだ。


「自分の顔が嫌いでね、してたの。だからって辞めるのは違くて。好きになりたくて。今はエマちんに可愛いって思ってもらいたくてしてます♡」


 エンマはショウコをぎゅっと抱きしめ、耳元で囁いた。

 

「天才的にかわいいよ」

「にひひ♡やったー♡」 


 声を弾ませて喜ぶ彼女が愛おしくて、子供をあやすように背中をとんとん撫でてあげた。くらくらする匂いにも馴れてきた。


「それで今日はなにするの?」

「二人暮らしを妄想したいの。『延陽伯えんようはく』みたいに」


 ――延陽伯とは。丁寧な言葉の奥さんが登場する『たらちね』の上方バーション。こちらは結婚生活の妄想がメインになっている。


 そういうわけで二人暮らしシミュレーションが始まった。といってもいきなりベッドインでは情緒がない。仕事終わりのイチャイチャからしようと、ショウコはエンマを椅子に座らせた。


「デスクワークで疲れたでしょう。マッサージしてあげるね」


 これがよっぽど上手かったらしい。親指で肩をぐいぐい押されると、珍しくエンマから「あ♡」と声が漏れた。


「ホットアイマスクもしてあげるね♡」


 くるっと椅子を回すとショウコは大きく手を広げた。エンマの目の前が真っ暗になって、柔らかさでいっぱいになった。


「はい、おっぱいぎゅー♡」


 幸せで頭がいっぱいになる。語彙がみるみる溶けてゆく。このままやられっぱなしではだめだと、エンマは彼女をベッドに押し倒した。


「もうしちゃうの♡」

「私もマッサージしてあげるの」

  

 仰向けに寝かせて上に乗っかると、脇腹のあたりをなぞるように指をすべらせた。エンマは楽しそうにニヤリと笑って顔を近づける。


「アイマスクのお礼もしなくちゃね。ぽかぽかにしてあげる」

「ぽかぽかって♡」


 両手は腰から胸へ。じんわり優しくおっぱいを撫でまわす。それはもう愛を込めてたっぷりと揉む。大きく円を描くたびに甘い声が漏れた。


「気持ちいい?」

「うん♡もう埋蔵金出ちゃってるもん♡」

「母乳も出ちゃう?」

「出るかも♡」


 ぷっと二人同時に吹き出した。笑ってちょっと涙がこぼれた。


「ほんと、エッチのレパートリーには事欠かなさそう。どの夫婦よりも」

「え、結婚してくれるの?」

「だって延陽伯……」


 エンマは腕組みをして考える。そういえば『一緒に暮らす』としか言ってないことに気付いて顔が赤くなった。


「……しなくていいの?」

「一緒にいれるだけで幸せだよ。それだけでいいの。まあ、エマちんがいいならしたいけど♡」


 にやにや笑うから恥ずかしくなって目を逸らす。まさか結婚式まで妄想してたなんて言えない。いや、ちゃんと言わないと行けない。もう互いの思いをすれ違わさせたくないから。エンマは照れながらぽつりと呟いた。


「……したい。かわいいドレス姿が見たいです」

「……」


 返事がない。目を瞑ってくうくう寝息を立てている。はしゃぎ疲れてか、デートが楽しみで寝ていないのか。とにかくいい夢を見てるらしい。笑っていた。エンマは彼女の髪をそっと撫でる。


「もう。一番えっちなことしてないじゃん」


 そう言って、ほっぺにキスをした。

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