断ち切れた恋

 次の日、ショウコは学校に来なかった。


 ただの風邪だろうとエンマは思った。三日連続で休んでようやくおかしいと気付いた。心配になったところで連絡手段がない。今どきは個人情報も教えてくれない。


 勇気を出してクラスメイトに訊ねてみた。誰も知らなかった。彼女もまた一人だった。


 部室の畳にごろんと横になる。


 何にも書く気にならない。虚ろな目で辺りをぐるりと見渡す。部屋には色んなものがあった。カラフルなお菓子の包み紙。置き忘れたリップ。


 微かに残る香水の匂い。


「私のせいだ」


 どうしようもなく胸が苦しくて、空っぽになった隙間を埋めたくて、机からカセットテープを一個掴んだ。固い再生ボタンを押す。無理やりでも笑いたくて落語をかけた。


 なのに流れてきたのは、『たちぎれ』だった。


 カセットデッキから軽妙な語り口が聞こえてくる。心地よくても笑えない。それは『たちぎれ線香せんこう』が人情噺だから。


 離れ離れになった二人の物語だから。


 二人は百日間会うことを禁じられた。女性の方はなんにも事情を知らない。ただ会いたい気持ちだけが雪のように積もる。そして彼女は――。


 突然、ぷつりと音が切れた。テープが切れた。


「……死んじゃう」


 彼女はコンプレックスの塊でどうしようもなくて、どうしようもなく壊れそうで、それを誰もよりもエンマは知っていた。


 こんな陰気な蔵にいる場合じゃない。飛び出さないと。


 畳に手をついた時、かつんと小さな足音がした気がした。ドアを開けたら弁当箱だけがあった。見慣れたピンクの包みだった。


「待って! ショウコちゃん!」


 足音が止まる。ゆっくり戻ってくる。

 泣きそうな顔でギャルは笑った。


「えへへ、初めて名前で呼ばれちゃった」


 座布団を二つ並べて向きあって座る。そわそわと落ち着かないショウコの前にお菓子を並べると、ぱっと明るくなった。


 エンマは弁当箱をぎゅっと抱える。


「お弁当、ありがとう」

「作るって言ったから。けじめ」


 ショウコはルーズソックスをいじりながら俯いた。ぶかぶかの袖から、ちらりと見えた指は傷だらけで、気付いたら握りしめていた。


「エマちん?」

「ごめんね」


 絆創膏だらけの手をそっと撫でる。自分のせいで傷つけてしまった。胸が苦しかったけど嬉しかった。まだ忘れないでいてくれたことに。生きていてくれたことに。


 彼女に『小糸こいと』と同じ思いはさせない。エンマは覚悟を決めてまっすぐに目を見つめた。


「ショウコちゃん」

「は、はい」

「好きです」


 ぽかんとなる。夢なんだとおっぱいを揉む。柔らかい。


「うそうそ、こんなに気持ち悪いのに? ヤバいのに?」

「ヤバいぐらいかわいいのっ」


 ぽわーっと赤くなった。


「ででで、でも嫌われたかもって」

「避けてたのはほんと。でもそれは恥ずかしくて。小説を見せたくなくて。初めて思ったの。引かれたらどうしようって」


 エンマはおずおずとパソコンを広げて見せた。


「百合を書いてます。私たちをモデルに。めっちゃキモいよね」

「……正直に言っていい?」

「いいよ」

「それ天才じゃん!」


 ショウコは目をいっぱいに輝かせて手を握りしめた。


「これで両想いなんだ♡ほんとにほんとだ♡」

「正直いうと、女の子を好きな気持ちが分からなかった」


 エンマは照れて目を逸らす。


「でも一緒にいて居心地いいというか、楽しいなあって。ようやくそれが好きって分かった。だからこれからも一緒にいてください」


 頬をつたう涙でメイクが滲む。


「料理へたっぴだよ?」

「一緒にやればいいじゃん」

「小説も何も書けないよ?」

「ショウコちゃんがいなきゃ書けないよ。私の物語は」


 エンマは彼女をそっと抱きしめた。

 ちょうど下校のチャイムが鳴った。

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