ひとりエッチ
教室でショウコは彼女の後姿を見つめていた。
もう一週間も部室に行っていない。集中したいからしばらく一人にさせて欲しい。そうエンマに言われてから言葉を交わすことが少なくなった。
作家だもの。缶詰になりたい時もあるはず。
とにかく今は自分にできることをしよう。ショウコはそう決めてパンを牛乳で流しこんで勢いよく席を立つ。一人でご飯を食べるエンマの元へ行くと、顔を覗き込んで言った。
「明日、お弁当作って来てあげるね」
「え。うん」
そうして今、ショウコは家の台所にいる。
気合を入れて腕まくりをすると少し肌寒い。春といえども早朝はまだ冷える。もこもこのスリッパを履いているから足元は大丈夫だ。
「よーし。栄養たっぷりの料理を作るぞ」
まな板の上にごろごろと野菜を乗せる。赤やら緑やら黄色いのまでたくさんある。土まみれのじゃがいもを手に取ると力強く頷く。
「確か猫になって切ればいいはずだよね」
にゃーにゃー言いながら、セラミックの包丁で芋を切る。
「すごい、ほんとに切れる! にゃーにゃー!」
寝ていた猫が起きてきて、足元にすり寄ってきたから一旦どかした。それでもやってくるから土鍋をテーブルに置いたら丸まって寝てくれた。
また野菜に包丁を入れていく。玉ねぎと芋は皮を剥かずに、ナスはヘタを取らない。カボチャは途中で諦めた。ゴーヤのいぼいぼを見ていたら、えっちな気分になってきた。
「どうしよ。『
――鼠の耳とは。旦那を失くした妻がいた。寂しさを埋めるために彼女は野菜でオナニーをするという、エッチで笑える落語。
時計の音よりも心臓の方がうるさかった。
ショウコは台所の周りをうろうろして、誰も起きてきていないか確認した。野菜を握ると唾をごくりと飲みこんだ。
「え、エマちんにしてもらってるつもりで……」
ゴーヤを股に挟んで前後にゆっくり往復する。でこぼこの部分があまりにも気持ちよくて、口をだらしなく開けて涎を垂らした。
「ああ、エマちんの指すご♡」
今度はほうれん草でお尻をさわさわと撫でる。アスパラを両手に持つと胸の先端を円を描くようにいじる。今までしてもらったことを思い出すように。
「エマちん好き♡大好き♡」
真っ赤なとうがらしは艶やかで唇のように見えた。だからキスをしようとしたけれど、彼女との思い出にはなくてやめた。
コンロの上に置かれた底の深い鍋に目をやる。傍においてある弁当箱も目に入った。乾いた笑いがこぼれた。
「すっごいバカじゃん。カレーなんて入らないじゃん」
静まり返った台所には、無造作に切られた野菜が転がっている。鍋には何にも入っていない。カレールーはよく見たら、ビーフシチューだった。
涙が溢れた。薄いピンク色の雫になって。
「……やっぱり嫌われたのかな。あーしヤバいもんね」
肩の力が抜けた。もうどうでもよくなって座り込んだ。あの時の「やばい」は絶対引かれてる。膝を曲げて丸くなってひたすら泣いた。
「もうほんと嫌い。カレーも作れないし、小説も書けないし、あーし何もできないじゃん。いる意味ないじゃん。一方的に好きなだけでこんなのただの自慰じゃん。ほんとにもう……」
スマホのロックを外す。
「ごめん弁当は作れない」なんて連絡もできなかった。電話番号もラインも知らないから。ショウコは夜が明けるまで泣き続けた。心が空っぽになるまで泣いた。全部なくなって最後に呟いた。
「好きになってごめんね。さよなら。エマちん」
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