咥えてみたいあなたのあれを

「はい、あーんして」


 エンマはキーボードを叩く手を止めて、差しだされたポッキーを口に咥えた。四畳半が春みたいに色づいてる。そこら中にカラフルなパッケージが散らばってる。


「糖分補給も物書きさんには必要じゃん?」

「そうだけど買いすぎだし」


 部員としてもっと手伝いたい。ショウコはそう言って大量のお菓子を抱えて持ってきた。それに健康管理は奥さんの務めだからと、また勝手に婚約関係にされていた。


「結婚はしないけど、お菓子はありがと」

「わ♡」


 嬉しそうな笑顔を浮かべてチョコを差し出してくる。食べる。


「高くなかった?」

「大丈夫。ちゃんとバイトしてるもん」 


「こちらがお似合いですよ」と押しの強いアパレル店員の真似をしてみせた。途中で何かに気付いて固まった。


「てか今、エマちんが心配してくれた?」

「別にそれぐらいするし」

「えー嬉しい♡もっと手伝えることないかな♡」


 エンマは呆れながら肩を竦める。でも内心は嬉しかった。ショウコはお菓子の山をかき分けて、個包装のパッケージを見せた。


「あーしは今から団地妻になります」

「なんでそうなるのよ」

「極太ポッキー使ったら『近所付きんじょづい』できるくない?」


 ――近所付き合いとは。イチモツを咥えて欲しい男がいた。妻に頼んでも子供が帰ってくるからと断られる。仕方なく家を出たところに、ご近所さん。


「はあ。もう認めます。天才です」

「やったー♡じゃあちょっと準備するね」


 背を向けてポーチをがさごそとしている。できたよと振り向いたら、あまりにも濃いメイクだったのでエンマは笑いそうになった。


「団地妻のイメージ古くない?」

「これがあーしの団地妻像です」


 ぽってりした唇の団地妻ギャルは、エンマの体にすり寄ると熱い吐息を漏らす。エンマもちょっと楽しくなってきて、芝居じみたセリフを言う。


「だめだよ。こんな昼間からなんて」

「いいじゃないの。ここには二人しかいないんだから」

「でも僕には奥さんが……」

「こんなに大きくなってるのに?」


 極太のポッキーをエンマに渡す。股ぐらに持ってきて揺らす。ショウコは目を細めて、すんすんと匂いを嗅いだ。


「うわあ♡チョコみたいな匂い♡」

「僕のそこおかしいんです……」

「変じゃないわ。わたしは大好きよ♡」


 舌でれろれろと先端を丁寧に舐める。それからチョコを舐めとるようにしゃぶりはじめた。目にたっぷりとハートマークを浮かべて上目遣いで。


 なんかイヤだ。


 エンマの胸がそう叫んでいた。手馴れていることが気にくわない。やっぱり彼女はギャルなんだ。ビッチなんだ。自分への好意も挨拶みたいなものなんだ。試すように訊いた。


「やけに上手いじゃん」

「えっちな本をいっぱい読んで勉強してきたの。上手にできてる?」


 不安でいっぱいの顔だった。触れたら壊れそうなガラスだった。エンマは自分の感情が分からなくなって、お菓子を無理やり取り上げた。


「もうやめ。ていうかポッキー食べたいだけでしょ」

「じゃあこっち食べるー♡」


 ショウコは彼女の薬指をはむっと咥えた。


「だいふきあよ♡」

「……うわ、やば」

「ふえ?」


 気付いたらエンマはノートパソコンを鞄にしまって、部室を飛び出していた。あの場にはいれなかったから。『やばい』の意味が『かわいい』だなんて絶対言えなかったから。

 

 本当に書きたいものが見つかったから。

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