停電と死神

 窓の外が光った。がらんとしたリビングを照らした。二人掛けのソファを照らした。並んで座る二人を青白く照らした。そして轟音がすべての明かりを消し去った。


「ひ、ひらりちゃん」

「大丈夫やから。ちょっと待ってて」


 暗闇に怯える恋人にぬいぐるみを抱かせる。サンダは一人席を立つ。暗がりをずんずん歩けるのは自分の家だからだ。探し物もすぐ見つかる。


 マッチを擦る音がして、テーブルに明かりが灯った。

 

 深めの小皿にアロマキャンドルが一つ。甘い匂いを漂わせている。ぎゅっと繋いだ手の震えはようやく収まった。


「はあ、ビックリしたあ」

「落ち着いた?」

「うん、ありがとう。一人やったらパニックになってたかも」

「大丈夫。一人にはさせへんから」


 ハナはこくりと頷いて手を握り返した。


 叩きつけるような雨音を聞きながら、二人は寄り添って、静かに揺れる炎を見つめる。じわじわと溶けゆく蝋を見ていると、サンダの脳裏に一つの落語が思い浮かんだ。


死神しにがみ


 落語ではロウソクに命の炎が灯っていた。尽きたら死ぬ炎だ。それは自分たちの命だって同じ。どちらかが先に終わりを迎える。もしも自分が先に死んでしまったら?


 全身に寒気が走った。


 ハナを一人ぼっちにしてしまう。それはサンダにとって彼女を失うよりずっと辛いことだった。自分が一人になるよりもだ。得体のしれない恐怖が腹の底から湧き上がってきて、口から溢れ出そうな時だった。


「怖くないよ」

「え?」


 暖色の明かりに照らされた壁に、キツネの影がにゅっと現れる。 


「こんこん。お話しようよ!」

「……影絵?」

「私もね、算段してみたの。一緒にこれで遊ばへん?」


 恋人の無邪気な笑顔にサンダの心は暖かくなった。救われた。今はただこの笑顔を守ろう。そして二人で長生きできる算段を考えよう。いつか訪れる不幸よりも、今の幸せを守ろう。そう決めて手を伸ばした。


「コンコン。どうやって遊ぶの?」

「これでね、物語を作るの」


 手をキツネにしたハナが目を輝かせて語りだす。童話のあらすじはこうだ。とある森に仲良しのキツネがいた。二匹はお互いに変化をして、相手を喜ばせるという遊びをしていた。


「それでね、たくさん笑顔にした方の勝ちなの」

「それで終わり?」

「うん。幸せいっぱいの物語でしょ?」


 ハナはそう言って、にこにこと笑う。彼女の物語には悪人も悲劇もないらしい。そんな考え方がサンダは好きだった。


 二人はキャンドルの明かりに手を差し伸べる。指を動かして影に命を吹き込む。ハナは「ぼわん」と変化の効果音を口で付け足した。


「にゃおん。猫になって癒してあげるにゃん」

「ならオレは、オオカミになって守ってあげる」

 

 丸くなったり、大きくなったり。影は形を変える。


「私はうさぎになって和ませてあげるね」

「寒い日はヘビになって暖めてあげる」

「どうやって?」

「マフラーみたいに巻きついて」


 うさぎの影は飛び跳ねて喜ぶ。と同時に頭も抱える。

 

「なんかずるいわ。じゃあ私は……」

「癒し系はナシで」

「ええ~それしか思いつかへんよお」

「ていうか、変化せんでも普段から癒してもらってるし」


「うう♡」とキツネの影が呻いて悶える。もう一匹のキツネが励ますようにキスをした。


「ハナにしかできひん変化をしてよ」

「私にしか?」

「これは二人の物語なんやから」


 キツネはこくりと頷くと、お礼にキスを返す。


「私、お姫様になって愛してあげたい」

「じゃあオレは死神になって殺してあげる」


 キツネの影は人の手になって絡み合う。二つの大きな影が重なる。そして一つにぴたりと溶けあった。お姫様は桜色に頬を染めて言う。


「私の物語は幸せやわ。ひらりちゃんがおるもん」

「オレもハナに逢えてよかった。愛してるよ」


 そう告げて、キャンドルの火を消した。

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