本屋デートをあなたと
ハナは書店で平積みにされた本を一冊手に取る。小さな手で分厚い女性誌を持ち上げると、隣にいる彼女に見せた。
「みてみて。恋の算段特集やって」
「これを読めば誰でもモテる? なにそれ『
――秘伝書とは。露天商はとある本を売っていた。それには楽して暮らせる方法が書かれていて。めっちゃ胡散臭い自己啓発本みたいな落語。
「ていうかまだモテるの?」
「うん。サンちゃんにもっとモテたいの」
そんなことを笑顔で言われたら返す言葉がない。パラパラとページをめくり、立ち読みし始めたハナを止めることなく、サンダは横から雑誌を覗き込んだ。
ポップなフォントで『甘え上手になろう!』と書いてある。
「もう得意やん」
「もっと甘え上手になるもん」
ハナはページを読みこんで一人頷く。本をそっと元に戻す。それから制服の袖をちょいちょい引っ張った。
「なに?」
「甘えます」
そう宣言して恋人を見つめる。きゅるんとした瞳で見つめる。困り眉にする。口をアヒルにする。首を傾げる。両手を胸の前で組む。甘えんぼ百面相をしておねだりする。
「ちゅーして♡」
「二人きりじゃないとイヤ」
「ああっ♡手ごわい♡」
「何してんのこれ」
また本を開いてページをめくる。パラパラと読み飛ばしていると、毒々しいカラーのページに手が止まった。角ばったフォントで『こんな女はモテない』と書かれている。
さっと目を通すと適当なことが書いてあった。顔が怖い人はダメだとか、言葉が汚いと印象は最悪だとか。女子は甘えてなんぼだとも。隙がない女はモテないらしい。
自分のことだとサンダは思った。けれど傷つきはしない。書いてあることは正しいのだから。そういうのは馴れっこだし自覚している。
記事の続きを目で追っていたら、ハナはばたりと本を閉じた。
「これ嘘ばっかりや」
「ハナ?」
「だってモテるもん。私は惚れたもんっ」
顔を上げて恋人を見る。声を震わせて怒った。
「だってこんなにカッコいいのに。言葉遣いだって、強さの中に優しさもあるし。隙はないけど好きでいっぱいやし。それに私はサンちゃんやから甘えられるの。だから好きで――」
正直嬉しかった。けど恥ずかしさの限界に達していたサンダは、慌てて彼女の口を手で塞ぐ。周りでニヤけている客に頭をぺこぺこ下げる。
「分かったからやめろ。死んでまう」
「むん」
「だいたいこんな本と睨み合っててもモテへんの。ちゃんと相手を見て向こうの喜んでる顔を想像する。一番大事なのはそこやから」
うんうん頷いてハナは雑誌を抱きしめた。
「じゃあこれ買ってくるね」
「話聞いてた?」
「だって付録のマグカップが可愛いもん。それにこれ、二個セットやし」
本で口元を隠して照れる。一緒に飲みませんかと目で語っている。想像したら凄い幸せだった。サンダは財布から五百円を取り出して渡す。
「半分出させてよ。一緒に使うんやから」
「サンちゃん。ありがたく頂戴します♡」
受け取った硬貨を大事そうに握りしめる。大きな雑誌を抱きしめて子供のようにはしゃぐ。それがとても愛おしかった。
「楽しみやわあ、この可愛いマグカップで飲むの♡」
「ああ、ほんまに可愛いな。可愛いよ」
サンダは彼女の目を見て言った。そして不器用に笑った。彼女にしか見せない笑顔で。ぶっ倒れそうになるハナを支える。腕の中でまた目が合う。
「サンちゃん」
「なに?」
「恋愛の本出せるわ」
「おまえもな」
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