ハナは不良になりたい

 サンダはそわそわしていた。


 それは恋人の部屋があまりにも可愛いからではない。今日は思いきってイメチェンしてみる、そう言っていたからだ。ベッドに座りながら彼女の変身した姿を想像していると扉のノブが回った。


 メルヘンチックな白いドアがまるで、ガチャの確定演出のようにゆっくり開く。そこには制服を着崩したポニーテールのスケバンがいた。


「……コスプレ?」

「私はいかづちになってん」

「それって『幸助餅こうすけもち』の?」


 ――幸助餅とは。幸助には推しの力士がいた。ただ困ったことに、彼は推しのためなら身上しんしょうを潰すほど散財してしまう。それを知った雷はある行動に出る。優しさでいっぱいの落語。


 ハナはふんぞり返って胸を張る。


「私は強くて悪くなってん」

「いや、どう見ても可愛いお姫様やけど」

「え!?」

「ていうかそれ、オレの真似?」


 ハナは目を輝かせてサンダの手をぎゅっと握る。 


「だって、ひらりちゃんは私の憧れやもん。推しやもん。同じぐらい強くなりたいの!」


 つまりは不良になりたいらしい。二人きりの時だけ呼ばれる名字にこそばゆさを感じながらも、面白そうだからと算段してあげることにした。


 まずはちゃんとした着崩し方を教える。スカートからシャツを出して胸元を開けさせた。それから眉間に皺を寄せて睨むように指示すると、さっそく真似をする。


「むっ!!」

「あーかわ」

「かわいかったら意味ないやん!」

「それそれ、もっと怒ってみてよ」


 外見でだめなら言葉遣いだ。咳払いをして喉を整える。ハナはできるだけ声を低くして、威勢よく言い放った。


「このやろう、おまえかわいすぎやろ!」

「かわよ」

「ぐぬぬ。ばかばかばかー!」

「だめだこりゃ」


 言葉でだめなら腕っぷしだ。腕を回して襲い掛かるけど、指一本で止められてどうしようもない。終いには体を持ち上げられて手も足も出ない。どう頑張っても可愛くなってしまう。


「ちくしょう。こうなったら」

「お、なんか算段でもあんの?」


 ハナは考えた。精一杯の悪いことを。小柄な体型を利用してサンダの懐に潜り込む。無理やり唇を奪ってやろうと口を尖らせた。


「んーっ!」

「もしかしてキス?」


 つま先を踏ん張ってめいっぱい背伸びをしても届かない。サンダはわざと顔を上に向ける。やがて指に限界がきて、すとんと足を降ろした瞬間だった。

 

 サンダはハナを抱き寄せて唇を奪った。


 無理やり舌を入れて貪るようにキスをする。これが悪いヤツだぞと言わんばかりに唇を重ねる。静かな部屋にキスの音だけが響く。


 ――ハナは泣いていた。


 大粒の涙がぽろぽろ溢れているのに気づいて、慌てて口を離す。 


「ごめん、やり過ぎた」

「違う、違うの。自分に悔しくて泣いたの」

「悔しい?」


 お姫様の頬にきれいな涙が伝う。


「だって私はどうしたって強くなられへんもん。強くなって私も、ひらりちゃんを守ってあげたいのに。甘えさせてあげたいのに」


 ――ああ、こいつは本当にバカだ。こんな自分を好きになって、あげく守りたいと言う。だからこそ守りたいのに。サンダはハナの結んだ髪をほどいてあげた。


「ありがと。でもおまえはそのままでいい。オレがいかづちになるから。オレに守らせてくれよ。推してくれるファンを」


 ハナは腕の中で何度も頷く。わがままな姫はやっと泣き止んだようだ。


「ハナは強いよ。甘えられるのも強さやから」

「ひらりちゃんも強くなって」

「オレは甘えるのが苦手なの」

「じゃあ私にだけ甘えて」


 サンダは頬を赤らめて逡巡する。そしてぽつりと呟いた。


「じゃあその、膝枕して欲しいです」

「ひざっ――」


 床が抜けたんじゃないかと思った。それぐらい大きな音を立てて、ハナはぶっ倒れた。仰向けでぷるぷると震えている。


「大丈夫?」

「うん。ちょっと雷が落ちただけ」

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