二人乗りに憧れて
朝の通学路。並木道を一陣の風と共にバイクが駆け抜ける。二人の女性を乗せた、美しいフォルムの車体をハナは目で追った。
「二人乗りかあ。ええなあ」
「言っとくけど、免許取っても後ろには乗せへんから」
まだ訊いてもいない質問をサンダが先に答えたから、ハナはムッとして彼女を見上げる。ほっぺを膨らませてわがままを言う。
「なんでよう。背中をぎゅっとさせてよう」
「はあ。あのなあ」
サンダは頬を赤らめて口を尖らせる。
「大切な人やからこそ、後ろには乗せたくないの」
「わ♡サンちゃんっ♡」
嬉しさを抑えきれず飛びついたハナは、腕を絡めてにんまり笑った。サンダは鬱陶しがりながらも振りほどきはしなかった。
「私はすっごい幸せものです♡」
「はいはい」
「にへへ♡でも、バイクやったら登校も楽ちんやろうなあ」
サンダはふと『いらち
――いらち俥とは。急いで駅に向かいたい、そんな時に出会ったのが電車よりも速い人力車で。アトラクションのような落語。
彼女は算段する。楽して学校に行ける方法を。そして二人乗りをさせてあげれる算段を。腕を振りほどいてその場にしゃがむと、横顔で彼女を見た。
「乗れよ」
「えっ?」
「だから学校まで送ったるって言うてんの。それにほら、背中をぎゅっとしたいんちゃうの?」
ヘドバンみたいにぶんぶん頭を振って頷く。そっと体重をかけ、柔らかい体をぴったり密着させて腕を回す。艶やかな黒髪に顔をうずめて頬ずりをした。
「ぎゅーっ♡すんすん♡」
「嗅ぐなって」
「えへへ、なんか安心する匂いやわ♡」
「そりゃどうも。ほら、しっかり掴まっとけよ!」
サンダは彼女を乗せて颯爽と走り出した。分かっていたけどかなり恥ずかしい。みんなの視線がこそばゆい。それでも彼女が喜んでるいるから、恥ずかしさなんてすぐに消えた。
水溜まりを飛び越えると子供のように喜んでくれるし、野良ネコたちと競争すれば背中から応援してくれた。
こちらを見て笑われることもあるけど睨み返せばいい。大抵は逃げ出す。この時ばかりは人相が悪くてよかったとサンダは思った。
海が見えてきて歩幅を緩める。背中から顔は見えないけれど、息遣いが荒くなっているのは分かった。
「サンちゃん大丈夫?」
「全然。ええ運動になるわ」
体力に自信のあることは知っている。だけどこれ以上は無理させれない。そう思ったハナは体を離そうとした。サンダは足を止める。
「降りようなんて言うなよ」
「でも」
「おまえはもっと甘えろ。オレに甘えさてくれ」
「はい♡」
前よりも強く体を抱きしめる。心の中で「大好き」と呟いて彼女に身を預けた。また歩く速度を上げる。いよいよ学校が見えてきた。やがて校門が遠くに見えたところで、やっと彼女を降ろした。
「着きましたよ。お客さん」
「ありがと。すっごい楽ちんでした!」
ハンカチを取り出して汗を拭ってあげる。
「あのね、今度は私がおんぶしてあげるね」
「そう。じゃあ乗らせてもらうわ」
サンダは彼女の耳元に近づくとイタズラっぽく囁いた。
「ベッドの上でハナに」
「あっ♡」
目の前が真っ白になったらしい。ハナはきゅんきゅんして萌え死んだ。結局、教室までおんぶしてあげた。
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