サンダ×ハナ

不良少女は算段する

 授業前の教室で眠れる森の美女は大きなあくびをした。


 その少女はまるで御伽噺に出てくるお姫様みたいだった。彼女はふわっとカールした髪を跳ねさせて、隣席の少女を見上げる。耳にピアスをした鋭い目つきの少女を。


「ねえサンちゃん、眠いよう」

「知らんし。ちゃんと寝えへんおまえが悪い」


 低い声で突き放すように言った。おまけに睨みつける。そんな鋭利な視線に怯えることもなく、姫は呑気にあくびをした。


「そやけどね、眠くて仕方ないの」

「ふーん。そう」

   

 興味なさげに呟く。不良少女はポニーテールを揺らしてぷいっと目を逸らした。まだ何も書かれていない黒板を目でなぞる。そして考える。


 授業中に安心して彼女を寝かせてあげれる方法を。


 サンダは算段する。恋人のハナのために。『算段さんだん平兵衛へえべえ』のように。


 ――算段の平兵衛とは。頭の切れる平兵衛という男がいた。彼はひょんなことから殺人を犯してしまう。平兵衛は算段を駆使し、殺人の偽装を企てる。ピカレスクロマンな落語。


 サンダは教科書を机にしまうと手を挙げた。


「すんません。教科書忘れたんで一緒に見ます」

 

 彼女の教科書を奪うようにして隣り合わせた机の真ん中に広げる。それからイスを彼女の方に音を立てて寄せた。状況が理解できず、ぽかんとしてる恋人に肩を差しだして小さな声で言う。


「オレの肩で寝とけ。授業の内容は後で教えたるから」

「あ。サンちゃん、やっぱ優しいわあ♡」

「うるせえ、早く寝ろ」 


 顔を赤らめてそっぽを向いた。そんなぶっきらぼうな彼女に、ハナは安心して身を預ける。サンダは右肩に重みを感じた。


 微かな呼吸が聴こえる。彼女の寝顔を覗くと、あまりにも可愛くて「天使かよ」と呟いてしまった。ハナの口角が上がった。


「おい、おまえ起きとるやろ」

「だってドキドキするもん」


 もちろんこれで寝れるとはサンダも思っていない。算段にはまだ続きがある。人は体温が高いと眠たくなるそうだ。だから彼女の手を握ってあげた。机の下でこっそりと。


「ん!?」


 予想だにしなかった行動にハナは飛び上がりそうになる。心臓はバクバク煩いし手は熱すぎるぐらいだった。なんだか眠るのがおしいけど、目をぎゅっと瞑る。顔だけがみるみる赤くなる。

 

 体温はちゃんと高くなっているようだ。もちろんこれで算段は終わらない。サンダは彼女の耳元に顔を近づけ、囁いた。


「さらさら、ふわふわ」


 周りに聴こえないギリギリの声量でオノマトペを囁く。熱い吐息で耳まで赤くさせる。ASMRで安眠を誘う。先生が教科書を読み上げたのと同時に、低く心地よい声で囁き続ける。その度にハナは悶えた。


 もう眠るどころではない。バレそうでバレないスリル感が息を荒くさせる。いつのまにか恋人繋ぎになった手をぎゅっと握りしめ、サンダはさらに追い打ちをかけた。


「もちもち、ぷにぷに」

「ん♡」


「どきどき、ちゅっちゅっ」

「ん?」


「はなはな、らぶらぶ」

「ん!?」


「すきすき。すきすき。すーきっ♡」


 突然、がくんと肩が重くなった。どうやら気絶したらしい。幸せそうな表情で気を失った彼女を見てサンダはニヤリと笑った。


「やっと死んだな」

 

 すやすやと眠るお姫様を見ながらサンダは考える。授業が終わったらどうやって起こしてあげようかと。眠れる森の美女を目覚めさせるとっておきの算段を、一つ思いついた。

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