ラブレターを書いて欲しくて

「一生のお願いっ。ラブレターを書いてくれへん?」


 きいちゃんは両手を合わせて頼み込んだ。部室のテーブルには便箋のセットが一つ。せいこちゃんは封筒から手紙を取り出す。


「私がきいちゃんに宛てて?」

「いや、ウチのを代筆して欲しいの。せいこちゃんに宛てた手紙を。『代書屋だいしょや』みたいに」


 ――代書屋とは。文章を代筆する商売のこと。主人公は履歴書を書いてもらうために代書屋へと向かう。今でいう代行サービスのお話。


 なんだかよく分からないまま、面白そうだからとせいこちゃんはペンを握る。便箋を広げて差出人と宛名を書いた。『せいこちゃんへ。きいろより』と。


 つまり自分宛のラブレターを自分で書くわけだ。凄く恥ずかしいことをするんだと、気付いた時にはもう遅かった。目の前にはニコニコ笑う彼女がいる。


「代書屋さん、お願いします!」

「まずはその……相手を好きになったエピソードを教えてください」


 自分で言って恥ずかしくなる。二人の目が合って照れる。きいちゃんはえへへと笑いながら楽しそうに言った。


「せいこちゃんを好きになったのは小学生の時。ウチに初めて声をかけてくれたよね。落語知ってるのって。すっごい嬉しかったなあ」

「し、知らんし。もう忘れたもん」


 照れてそっぽを向く。きいちゃんは両手で頬杖をついてニヤニヤする。


「ウチは覚えとるよ。だって落語のこと話せる子おらんかったもん。二人で好きなネタの話したやん。あと高校生になったら」

「部活を作る。でしょ?」

「やっぱり覚えてるー」


 忘れるわけないし、と顔を赤くしてペンを走らせる。カリカリと文字を書く心地よい音に耳をすませ、きいちゃんはにんまり笑う。二人の思い出を指折り数える。


「まだまだ好きエピあるよ。ほら給食の時にさ」

「私の顔に牛乳ぶちまけたよね?」

「そそ。笑って吹き出したあれ!」

 

 口元を手で覆ってふふふと笑う。


「あの日、落ち込んでたウチのために落語を流してくれたでしょ?」

「だって私、きいちゃんの笑ってる顔が好きやもん」


 手紙に目線を落としながら頬が染まるのが分かる。きいちゃんはもうもうもうと牛みたいに鳴いて悶える。ペンを走らせる彼女の真横にぴったり座る。


「そんなくっついたら書かれへんよ」

「ええ~嬉しいくせに♡」

「ほら書けたよ。はいもう終わりね」

「待って、最後にこれだけ」


 ボールペンがことりと落ちた。彼女の両手を握ったから。


「きいちゃん?」

「最後にこれだけ言わせて」


 真っ直ぐ見つめたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「ウチが笑顔でいれるのは、せいこちゃんがおるから。子供の頃からずっと一緒で趣味まで同じ。それってすごい奇跡やと思うの。落語は一人でも楽しい、一緒に笑うのはもっと楽しい。でも気付いたの。せいこちゃんやから楽しいって。だからウチはあなたと笑ってたい。これからもずっと」


 呼吸を整える。ふにゃっと笑う。

 

「大好きだよ」


 せいこちゃんはぽかんと口を開けたままだった。ぽろぽろと溢れたものはスカートに水玉模様を描く。きいちゃんは慌ててハンカチを取り出して涙を拭ってあげた。


「あわわ、泣かすつもりやなかったのに」

「あんなん誰でも泣くし。でもラブレターありがと」

「えへへ。どういたしまして」

「それにしてもズルいわ。ずるい。自分だけ愛の言葉を綴るなんて」


 そう言ってせいこちゃんは、きいちゃんを押し倒した。跨ったまま制服に指を這わす。


「私はこれで書くね。体になぞってあげる」

「書いて。愛の言葉をたっぷりと」


 部室からいつもより大きな笑い声が聞こえた。

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