好きとカワイイ禁止令?

 ここは落語研究部。そしていつもの二人。きいちゃんはほっぺを両手でむにむにしながら言った。


「ウチ、かわいいって言うの癖かも」

「あかんの?」

「ううん。でも言いすぎると価値が薄れるかもって」

「じゃあ『二人癖ににんぐせ』やってみる?」


 ――二人癖とは。仲の良い二人の男がいた。彼らは互いに癖を持っていて、それを一日だけ禁止しようという。イチャイチャするだけの落語。

 

「やりたい! ウチは『かわいい』やけどせいこちゃんは?」

「私は『好き』を禁止するわ。罰は一回言うごとにチョコ一個でどう?」

「ええよ。チロル?」

「いや……ゴディバ」


 二人の目がぎらりと光る。ゴディバと言えば一粒三百円もする高級チョコだ。もしも間違って『かわいい』や『好き』を連発すれば、財布に甚大なダメージを及ぼしかねない。


 と同時に、相手にチョコを奢ってもらえるチャンスでもある。


 先に動いたのはせいこちゃん。四つん這いになると、ネコの声真似をして足元に擦り寄る。それから両手でおさげを持って口元に添えた。


「猫ちゃんのひげ♡」

「か、かわかわ」

「かわ?」


 きいちゃんは悶えながらも必死にこらえる。ここで言うと一ゴディバだ。体をくねらせて我慢するけど、見つめられたらムリだった。


「かわちいっ!」

「はいアウトね」

「ちゃうって。これはかわちい音頭やから。かわいい河内音頭」

「はいゴディバ」


 だったらこっちだってと、きいちゃんは勢いよく立ち上がる。スカートをたくし上げてドヤ顔でパンツを見せた。


「どう?」

「フリルかわいいね」

「なんかそっちズルくない?」

「きいちゃんがアホやと思う」


 攻守交替。せいこちゃんは顔を近づけ唇を尖らせる。きゅるんとした瞳でじっと彼女を見る。上目遣いのまま、ゆっくりと瞬きをして『かわいいかわいい』と言い続ける。


「ぐうう……」


 目を逸らせばいいのに見てしまう。それならばと顔を両手で覆う。静かになったから気になって指の間から覗くと、彼女も同じことをしていてかわいいダムが決壊した。


「ああ~もうかわいいよお~♡」


 それからも容赦ないかわいい攻撃が続く。とことんまで骨抜きにされたきいちゃんは、肩をがっくり落として財布を覗き込む。せいこちゃんは勝ち誇ったように耳元で囁いた。


「これでチョコ山盛りゲットやね。きいちゃんチョロすぎ」


 彼女は俯いたまま何も言わない。すんすんと鼻を啜りながら、ぽつりと呟いた。


「もういやや」

「きいちゃん?」


 畳にぽとりと小さな水溜まりができる。きいちゃんは泣いていた。大粒の涙を零しながら訊く。


「……そんなにウチのこと嫌い?」

「そ、そんなん好きに決まっとるやんっ!!」


 制服に皺が寄るほど強く抱きしめると、それからはもう『好き』が止まらなかった。楽しいこと考えてくれるの好き。優しいのも好き。笑顔にしてくれるのも好き。笑顔のあなたが好き。


「イジワルしてごめん。ほんと好き。大好き」

「ありがと。せいこちゃんの好きって言ってる顔、かわいいよ」

「はいゴディバね」

「ずるっ!」


 なんだかおかしくって一緒に笑う。涙を拭いてあげながら、せいこちゃんは彼女に訊ねる。


「それで、かわいいの価値は薄れた?」

「ぜんぜん。これでずっとラブラブでいれるって分かったね。これからもずーっと言い続けられるもん♡」


 なんて照れながら言うから、可愛くてまた抱きしめる。


「もうほんま、きいちゃんのそういうこと大好き!」

「せいこちゃん。ゴディバ」

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