動物園でバイトしてみた!

 ここは動物園の更衣室。落語研究部の二人は、寄席のチケット代を稼ぐためにバイトをしに来ていた。ロッカーに吊るされたトラの毛皮を手に取って、きいちゃんは嬉しそうに体にあてがう。


「これを着るだけで日給一万円!」

「ほんまに『動物園』みたいやね」


 ――動物園とは。ある日、動物園でトラがぽっくり死んた。なら代わりに人が毛皮を被ればいいよね、というムチャクチャな落語。


 二人はさっそくトラとライオンの毛皮を着てみることにした。きいちゃんは、ばっくり開いたトラに足を突っ込む。そのまま腰をくねらせて毛皮を上に上に引っ張った。


「ふんふんふんっ」

「ちょっ、きいちゃん。その動きやめて」


 せいこちゃんは口を押さえてぷるぷる体を震わせる。

 

「だってこうせんと着られへんもん。ふんふん!」

「せめてふんふんは……くうっ、もうムリ笑う」

「じゃあそっちもやってみてよ。絶対同じようになるから」

「ほんまに?」


 せいこちゃんは毛皮をぐっと引っ張る。ライオンの毛皮は想像以上にぴったりで動かない。気付いたらおさげが左右に揺れてた。腰も振ってた。鼻の穴が膨らむ。


「ふんふん!」

「ほら言った! ていうかその鼻やめて!」

「ふんふん!」


 あまりに面白くて二人で笑い転げていると、園長から怒られたので急いで頭まで被る。どこからどう見ても本物そっくりのトラとライオンだった。二本足で立っているお互いの姿を見て、笑いそうになるのを必死でこらえた。

 

 いよいよ檻へと向かう。だけど二人は大事なことを忘れていた。彼女たちは種族が違うということを。つまり入る檻が違うのだ。


 ぽつんとトラが一匹。元気がない。ふらふらと壁にもたれかかって悲し気に鳴いた。


「せいこちゃーん」


 なんてトラが人の言葉で鳴く。すると壁の向こうからコンコンと叩く音がする。壁にぴったり身を寄せると彼女の声が聞こえた。


「きいちゃん大丈夫よ。落語と同じ展開ならきっと会えるから」

「分かった。今はトラになりきるね。ワン!」

「私らはネコ科よ」

「にゃん!」


 元気を取り戻したきいちゃんは力いっぱい駆け回る。元気すぎてたまに二足歩行になる。お客さんにも手を振ってサービスをかかさない。かつてこれほど神対応のトラがいただろうか。園内に人だかりができ始めたその時、アナウンスが鳴った。


「ただいまより、トラとライオンの一騎討ちを行います」


 檻を開け放つと嬉しさ全開できいちゃんは彼女に飛び掛かる。トラとライオンがほっぺをすりすり。前足をあげてじゃれあう。二つのモフモフがそれはもう猫のようにごろにゃん、ごろにゃんと転がる。


「そうよ。戦いなんていらないの。尊いだけでいいのよ」


 争わない二匹に、お客さんはガッカリするどころか手を合わせて拝む。なんだか世界がちょっとだけ平和になった気がした。こうして二人の慌ただしいバイトがあっという間に終わった。


 沈みそうな夕日は二人の制服をオレンジ色に染める。きいちゃんは大きく伸びをして彼女に笑いかけた。


「楽しかったね」

「ね。やっぱり一緒にバイトできるの楽しいし嬉しい」

「ウチも。でも離れ離れはもういやかも」

「じゃあ次はあれにする?」


 せいこちゃんが指さしたのはキリン。中から女の子が二人、竹馬に乗って出てきた。

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