目には目を歯には歯を法
佐々井 サイジ
目には目を歯には歯を法
「主文、被告人を被害者遺族による死刑に処す」
裁判官の低い声が法廷に落ちた。鼓動が体内を叩き、耳鳴りが脳内に反響する。立ち尽くすTを揺らぐ視界に何とか収める。
「おかしいだろうが。殺したの一人だけだろうがよ!」
自分勝手な奴だ。誰かを殺したら自分が殺されることは常識だというのに。何より、懲役数十年なんかで妻が浮かばれるわけがないだろう。俺はお前を殺しても許さない。
担当の弁護士から聞いた話によると、裁判のあとTはすぐに控訴したらしい。しかし、疑いようのない証拠と反省のない態度により、棄却され、俺がTを死この手で殺すことは確定した。
百年前まで殺人を犯した者でも死刑にならない場合もあったらしい。狂った時代だ。被害者の心情をあまりにも軽視した法制度だ。どれだけ被害者遺族に忍耐を強いているかわかっていない。百年前で倫理観が古かったから仕方ない部分もあるのだと思うが。でも当時の被害者遺族の気持ちを思うと無念でならない。妻を殺されたからこそ強く同情してしまう。
そう思うと、俺が直接、Tを死刑に処せる時代で良かった。Tを殺しても恨み続けるだろうが、せめて究極の恐怖と苦しみを直接味わわせるだけでも、妻の供養になるはずだ。俺は刑務官から与えられた深緑色の作業着を着用して、分厚い灰色をしたコンクリートの壁に囲まれている部屋に入った。
Tは全裸の状態で手足を縛られたまま、部屋の中央で床に座り込んで俺を睨んでいる。妻を殺しておいてよく俺を睨めるもんだ。
Tは妻に三十回以上の殴打を加え、性的暴行の果てに包丁で胸を一突きにして殺しやがった。俺にもTの所業と同等の権利が与えられている。しかし、当然Tに対しての性的暴行は気持ち悪くてできるわけがなく、包丁でTを刺す回数を二回増やしてもらうことで司法取引した。合計三回刺すことができる。今思えば陰茎を切り取る方が苦痛を与えられたかもしれない。
「頼む。勘弁してくれ。悪かった」
妻を欲望の果てに殺しておいて、なぜ命乞いができる。俺はTに顔を近づけて、極限まで口角を引き上げて笑ってやった。Tの目からは汚い水滴が溢れた。まずはTの頬に一発拳を入れた。拳が頬にめりこむ感触が気持ち悪い。ただこぶしを振り切る前にもう片方の腕を男に振り上げた。一通り殴りと蹴りを入れると「残り十三発です」と背後にいる刑務官が言った。
俺は顔を殴るのを止め、鳩尾に八発の拳と五発の蹴りを入れた。男は黄色い液体を噴射し、それが作業着にかかったのでもう一度殴ろうとしたが、刑務官に腕を掴まれた。華奢に見える刑務官は案外力強く、俺は身動きが取れなくなった。回数以上殴ることは違法行為である。通称〈目には目を歯には歯を法〉を守らないと、懲役刑になってしまう。
死ぬ前にとことん恐怖を味わわせてやる。真っ白の上下に身を包んだ男の股間は黄ばみ始めた。どうやら漏らしやがったようだ。
「頼む、止めてくれ。すまなかった」
Tは言うが私は、握った包丁を男の目の前に持ってきてやる。三回刺すところは決めていた。太腿、腹、胸だ。事前に申請していて許可は出ている。ただし、申請した箇所以外を刺すと違法行為になるらしい。俺は包丁を持った腕を男の太腿に振り下ろした。
ぎゃあああ、と男は叫び声をあげると、縛られた腕や脚が絡まるのではないかと思うほど動かしている。まだだ。この痛みを散々味わわせてから腹を刺すことに決めていた。
「痛い止めてお願いしますこの通り」
俺は目から涙が溢れだして顔を歪ませるTに近づいた。
「じゃあ嫁返せよ。お前がさんざん弄んで殺した嫁を返すことができたら、止めてやるよ」
俺の言葉が聞こえていないのか、Tは痛みに悶え続けている。俺は血にまみれた包丁を腹に突き刺した。ついでに内蔵をかき乱すように抉ってやった。耳障りなうめき声だが、先ほどより声量が落ちている。
「●●さん、T死刑囚の心拍数が落ちています」
「まだ死ぬんじゃねえよ。もっと苦しんで苦しんで苦しんで、死ね」
刑務官の言葉を聞き、Tの腹から包丁を抜いて胸に突き刺した。肉の繊維がプチプチと切れている感触が伝わった。Tの意識はすぐになくなった。心臓を貫いてしまったのだろうか。これではまるで痛みから男を解放してやったみたいだ。まだ死ぬな。もっと苦しめよ。
刑務官はTの死を確認し、大きな布を死体にかけて担架で部屋の外に運んでいった。俺はぽたぽたと血が垂れている包丁を床に投げ捨てた。
俺の手は汚れてしまったのだろうか。いや、これは正当な行為だ。最愛の妻を殺された男に俺が刑を書するのは当たり前だろう。
目には目を歯には歯を法 佐々井 サイジ @sasaisaiji
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