沙希の手紙

佐々井 サイジ

沙希の手紙

 光沢を帯びた紅色のドレスをまとい、沙希はゆっくりと立ち上がった。翔太の持つマイクが沙希の口元に近づく。ひとたび翔太と目配せをして、封筒から手紙を取り出した。昨晩、手紙を認めているだけで泣いてしまったけれど、今はまだ大丈夫そうだ。胸をたたく鼓動を落ち着かせようと、沙希は小さく息を吸う。


 『お父さん、お母さん


 たくさんの愛情で、今まで私を大切に育ててくれて本当にありがとう。いつも感謝していますが、今日は普段伝えられない気持ちを手紙に乗せて届けさせてください。


 お父さん

 お母さんから聞いたことがあります。お母さんと付き合っているとき「子どもは男の子のほうがいいな。休みの日は一緒にキャッチボールしたいんだ」と話していたそうですね。でも実際、女の子とわかって私が生まれたとき、お父さんは涙を流して喜び、「この子を産んでくれてありがとう」とお母さんに何度も言ってくれたんですね。私はそれを聞いて、お父さんの子どもで本当に良かったと嬉しくなりました。「沙希は世界で一番かわいい」と、毎日のようにほっぺたをすりすりさせていたこともこっそりお母さんから聞きました。恥ずかしいけれど、お父さんから愛情をいっぱい受けられて、とても幸せです。

 キャッチボールはできなかったけど、お父さんが休みの日は毎週のように公園に行って、日が暮れるまで滑り台で遊んでくれましたね。「帰ろう」と言われても、ずっとやっていたと思います。困らせてごめんね。でもお父さんと遊んだ時間はかけがえのない宝物です。おんぶして帰ってくれたこともたくさんありましたね。いまでも鮮明に思い出すことができます。


 お母さん

 私を産んでくれてありがとう。毎晩のように夜泣きして、お母さんを疲れさせてたと思います。でも私には、いつも笑顔で微笑みかけてくれていたお母さんの印象しかありません。きっと私の前では明るいお母さんでいようと、笑顔でいてくれていたんですよね。初めての子育てで、わからないことや辛いことも多かったはずだけど、私のことを何より大切に考えて育ててくれて感謝しています。でももう無理はしないでね。まだまだ頼りないけれど、困ったことがあったら何でも相談に乗るから遠慮なくいってね。今度は私が、お母さんの笑顔の元になりたいんだ。

 お母さん、私はお母さんみたいな人になりたいです。いつも優しく、時には導いてくれて、親友のようにいろいろ話せて、料理がおいしくて。幼稚園のとき、友達から「沙希ちゃんのお弁当毎日おいしそうでいいなあ」と言われてたんですよ。秘かに私の自慢でした。将来子どもができたら、今度は私のお弁当を自慢してもらえるようになりたいので、また料理を教えてくださいね。


 中学生や高校生の頃は、お父さんお母さんに八つ当たりばかりして本当にごめんね。内心、「ごめんなさい」ってずっと思っていましたが、どうしても素直になれなくて、悲しい思いをさせてしまいましたね。ほとんど口を利かなかった頃もあり、本当に迷惑をかけてしまいました。それでもお父さんお母さんは私のことを理解し、受け入れてくれたおかげで、道を踏み外すことなく成長できたんだと思います。今になってお父さんお母さんの器の広さ、偉大さを実感しています。


 やっと落ち着いて話せると思ったらあっという間に結婚。まだ少しも親孝行できていないので、これから地道に恩返ししていくね。だからいつまでも元気でいてください。お父さんお母さんみたいに温かくて笑顔の溢れる家庭を、今後は翔太さんと築いていきます。いつでもお父さんお母さんは、私のかけがえのない存在です。お父さんお母さん、いつもありがとう。大好きだよ。沙希』


 お母さんは目にハンカチを押さえつつ、「ありがとう」と呟いている。お父さんはずっとうつむいている。体を震わしている。たぶん泣いているのだろう。「絶対に泣かない」と言っていたのに。気づけば沙希も、翔太にハンカチで瞼を押さえられていた。そっか、結局泣いちゃったんだ。「沙希の気持ちが伝わったみたいだね」と翔太から言われ、沙希は止めようとした涙をこらえることができなかった。沙希たちを包む温かい拍手が、いつまでも会場に響いている。

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沙希の手紙 佐々井 サイジ @sasaisaiji

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