第16話

 あれはただの天井の破損。

 そう言った萌だったが、それから起きた一連の出来事に、誰もが不吉な予感を抱いた。

 天井板が落ちてから数日後、今度は、二十二番通路の床が抜け落ちたのだ。有り得ない現象だった。売り場の床はタイル貼り。その下には、板が敷かれ、タイルが貼り付けてある。板の下は木組みがしっかりなされているはずだ。このホームセンターは築六年。木組みが腐る年月が経ったとは考えにくい。床下の地面が陥没したのでもない限り、抜け落ちるのはおかしい。

「有り得ないだろ」

 床下に出来た穴を覗きながら、売り場主任が首を傾げた通り、売り場の店員たちも、掃除担当者たちも、誰もその場所に異変を感じていなかった。空気が入りタイルが浮いていた様子もなかったし、そこだけ凹んでいたという証言もない。

 それが、突然、抜け落ちた。

 奇妙な出来事は、それからも続いた。

 正面玄関のガラス窓、自動ドアの上、天井に近い場所に、亀裂が入ったのだ。中央の一枚だけに、人の手で切り裂かれたようなひびが入った。亀裂は不気味な形をしていた。蛇がとぐろを巻いたときのような、円形のひび。

あんなふうに亀裂が入るなんて有り得ないと、売り場の女の子たちは怖がったし、修理をした作業員は、普通の梯子じゃ届かないよと、十メートルの梯子を組み立てながら、

「誰かの悪戯じゃないよ。素人が上れる高さじゃない」

と、呟いたという。

 天井板が落ちてきたとき、三加茂さんが呟いた、

「不吉だよぉ」

という声が蘇る。あのとき、鼻で笑った萌も、

「なんか、やだな。嫌な感じ。ここ、呪われた場所だったりして」

などと言うようになった。

「ね、由香里さんもそう思うでしょ」

「――まさか」

 話を振られるたび、由香里は曖昧な返事をしている。

 自分が見たあの光景に、一連の不穏な出来事が関係していたら?

 怖い。ちょっとした好奇心で、「あれ」に、神社の水を与えてしまった。明らかに、不吉な出来事は、あれ以来頻繁に起きるようになったのだ。それに自分が加担していると思うと足が竦む。自分のふくらはぎに張り付いていた青い一足のスニーカーを思い返すと、脇下に汗が滲む。

 あれ以来、由香里は終了時間になると、逃げるようにホームセンターを立ち去るようにしている。



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