第2話 置いていかれた姉
「侯爵夫妻は先ほど出て行きましたよ。
お祝いをしなくては、と言いながら妹様と帰って行かれました」
「は?」
帰った?まだ私の儀式が残っているのに?
驚いていると、司祭が恐る恐る確認してくる。
「えっと……お嬢様も神託の儀式を受けるのですよね?」
「その予定だったと思いますが……」
フルールが女神の加護を受けたことで喜ぶのはわかるけど、
まさか三人で帰ってしまうとは思わなかった。
ヨハン公爵から加護の説明を聞くまではいなくてはいけないはずだし、
何よりも公爵にお礼も言わないで帰るとは。
なかなか小部屋に入って来ないことを不審に思ったのか、ヨハン公爵が顔を出した。
「もう一人のお嬢さん、入ってきていいよ。ん?侯爵夫妻はどうしたんだ?」
「……妹を連れて帰ってしまいました。
女神の加護を受けたのがうれしかったのだと思います」
「は?帰った?」
ぽかんとした顔になるヨハン公爵に、
やっぱり普通ではありえないことなんだと理解する。
「申し訳ありません……失礼なことを」
「いや、謝るのは君じゃないでしょ。置いて行かれたんだよね?」
「はい」
それでも、両親とフルールがいない今、謝るのは私しかいない。
王弟殿下でもあるヨハン公爵にこんな失礼なことをするなんて許されないことだ。
再度頭を下げようとしたら、肩に手を置かれた。
「あぁ、もう頭をさげなくていい。こっちにおいで。君も神託の儀式をしよう」
「は、はい。ありがとうございます」
なぐさめるような優しい声に、泣きそうになりながら小部屋へと入る。
壁のいたるところに神の姿が彫刻されている。どちらを向いて祈ればいいのだろう。
「そのまま目を閉じて祈ればいい。神に祈らなくてもいい。
心の赴くままに、思ったことを」
「………」
(どうか、私の努力が報われる日が来ますように。
美しくなくてもいい、誰かに認めてもらえたら)
どのくらいそのままでいたのだろう。温かい何かが額にふれたのを感じた。
その後で温かさが全身に伝わっていく。これは……?
「あぁ、神託が降りた。君の加護は豊穣だ」
「ほうじょう?」
神託が降りたと言われ目をあけたら、ヨハン公爵が私の手を握ってきた。
先ほどまでの微笑みとは違って、無邪気にも見える笑顔だった。
「豊穣も神の加護だよ。素晴らしい!」
「神の加護……どういうものでしょうか」
「ええと、君、名前は?」
「フェリシー・ラポワリーと申します」
「フェリシーか。とてもいい名前だ。
豊穣の加護がいると、作物が良く育ったり家畜が繁殖しやすくなる」
「はぁ」
それはどのくらい役にたつんだろうか?この国はずっと豊作が続いている。
豊穣の加護を受けたところで、あまり意味がないように思う。
「今はわからないかもしれないが、
少なくとも私は女神の加護よりも素晴らしいと思うよ」
「あ、ありがとうございます」
「だが……肝心の両親があれではなぁ」
私もいるのに、フルールだけ連れて帰ってしまった両親。
今までだって比べられ続けてはいたけれど、こんなに蔑ろにされたのは初めてだ。
ヨハン公爵の眉間にしわが寄っている。
両親は何か処罰を受けることになるだろうか。
「よし、私が送って帰ろう」
「え?」
「だって、両親と妹は馬車で帰ってしまったのだろう?
フェリシーが帰る馬車がないじゃないか」
「あ」
そうだった。四人で馬車に乗ってここまで来ていた。
ラポワリー家から教会まで馬車で二十分ほど。
令嬢の足では歩いて帰れないし、一人で街を歩くことなんてできない。
そんなみっともないことをしたら叱られるのは私だ。
「私は神託の儀式が終わったら帰っていいことになっているんだ。
今日の仕事はこれで終わり。侯爵家まで送っていこう」
「ありがとうございます」
申し訳ない気持ちでいっぱいだけど、馬車に乗せてもらわなければ帰れない。
私を置いていったことを両親かフルールが思い出してくれたらいいけれど、
それも期待できない気がしていた。
蔑ろにされるのはめずらしくないが、それでもあれはいつもとは違った。
女神の加護を喜んでいた両親の目には私が見えなかったのではないか。
そのくらい、あからさまな態度だった。
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