女神の加護はそんなにも大事ですか?

gacchi

第1話 神託の儀式

家族四人を乗せた馬車はゆっくりと教会の前で止まった。

人は多かったが、貴族だとわかると無礼のないようにと道を開けてくれる。


教会の中に足を踏み入れると、外よりも少しだけ気温が低い。

ひんやりとした空気が身を引き締めるような気がして背筋を伸ばす。

これから神に祈りをささげに行くのだ。緊張しないわけがない。


天井の高さや見事な彫刻に驚いていたら、あっという間に置いて行かれていた。

かなり先を歩く両親と双子の妹フルールを追いかけ、小走りで奥に進む。


「お母様ぁ、私、絶対に神の加護がつくと思うの!」


甘えるようなフルールの高い声が廊下に響いた。

可愛らしい水色のドレスにはたくさんのレースが縫い込んである。

その後ろ姿を見ながら、また新しくドレスを作ったのかと呆れる。

いくら侯爵家とはいえ、作りすぎじゃないだろうか。


「ええ、そうね。フルールなら神の加護を授かって当然だわ」


「ふふっ。何の加護かしら!楽しみだわ!

 ねぇ、お父様、今日の夜はお祝いしてくれるのでしょう?」


「ああ、もちろんだとも」


日ごろからフルールに甘い両親は、神託の義式の前からお祝いする約束をしている。

貴族とはいえ、神の加護を授かるのはそれほど多くない。

いくら美しいと評判のフルールでも、当然だと言い切ることはできないのに。


でも、そんなことを言っても叱られるだけ。

姉なのにどうして妹に優しくできないんだと怒られるのはわかっている。

楽しそうに会話を続ける両親とフルールに口を挟むことはしなかった。


教会の奥は許可がなくては入れないようになっている。

大きな扉を開けてもらって中に入ると、待っていた司祭たちに案内される。


平民も神託の儀式は受けるが、神の加護を授かることはないため、

司祭が執り行っている。

貴族が受ける神託の儀式を執り行うのは前国王の第三王子、ヨハン公爵だ。


ヨハン公爵は神託を聞くことができる神の加護を授かっている。

神託を聞くことができる加護というのは三十年に一度現れ、

その加護を授かった者が儀式を執り行うことになっている。

これによって貴族は神の加護を持っているかどうか知ることができる。


神託の儀式は十二歳になる令息令嬢が受けることが義務付けられている。

私とフルールは誕生日を迎えてすぐに教会を訪れた。


奥の部屋に入ると、長い銀髪をゆったりと結んだ男性が椅子から立ちあがる。

長身の身体はほっそりしているが、高位貴族らしく堂々として気品あふれている。

ヨハン公爵の年齢は三十代だったはずだが、もっと若々しく見える。

髭のない顔立ちは中性的で美しく、透き通るような緑目が印象的だ。


見惚れそうになったがヨハン公爵が元王族だということを思い出し、

慌てて臣下の礼の姿勢をとる。

そんな私を見て、お父様とお母様も慌てて礼をした。

だが、フルールだけは意味がわからなかったのか、ヨハン公爵に笑いかけていた。


「臣下の礼はしなくてもいいよ。

 ようこそ、ラポワリー侯爵。今日は二人のお嬢さんだったかな」


優しく声をかけられ、三人とも頭をあげる。

元王族なのに偉ぶらない人らしい。


「あぁ、公爵。お久しぶりです。双子の娘なんです」


「あまり似ていないけれど、双子なのか」


目をこちらに向けられ、とたんに恥ずかしくなる。


双子なのに似ていない。その言葉をここでも聞くのか。

妹のフルールは金髪青目ですらりとした完璧な美少女なのに、

私はくすんだ灰色の髪にはっきりしない紫目。顔立ちも地味だと言われる。


しかも着ているドレスはフルールのお下がりだった。

私の方が身長が低い分、裾の長さを調整して着ている。


妹に美しさを取られたのね、と陰口を言われるのはいつものことだ。

簡単には傷つかないほどには慣れている。

それでもヨハン公爵のように美しい人に見比べられると悲しくなる。


なぜ、どんなに努力しても見た目の美しさだけで否定されるんだろう。

教養とか知識とか、そういうのも見てわかればいいのに。


「じゃあ、どちらから儀式を受ける?」


「私が先に受けるわ!」


「わかった。中に入って」


うれしそうに手をあげたフルールが、ヨハン公爵について小部屋へと入っていく。

神託の儀式のときは邪魔が入らないように、本人と公爵しか中に入れないらしい。


何も聞こえないし、中の様子はわからない。

終わって出てくるのを待つしかない。


儀式を待つ間、両親は部屋中を歩き回って少しも落ち着かない。

いつものようにイライラしていないのは、

フルールが加護を受けると確信しているからだろう。


しばらくして、勢いよくドアが開いた。

小部屋からフルールが笑顔で飛び出してくる。


「お父様!お母様!女神の加護だったわ!」


「女神の加護だと!何十年ぶりだ!やったな!」


「すばらしいわ!フルール。さすが私の娘!」


女神の加護。美しさを与えられるという加護。

……フルールはもっと美しくなる?

今でも令嬢たちの中で一番美しいと言われているのに?

これまで以上に比べられて、私の容姿を貶められることになるんだろうか。


呆然としていたら、いつのまにか三人とも部屋からいなくなっていた。

近くにいた司祭に聞くと、困ったような顔をしている。


「侯爵夫妻は先ほど出て行きましたよ。

 お祝いをしなくては、と言いながら妹様と帰って行かれました」


「は?」


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