第3話


「今年も、会えてよかった」

「ねぇ。今年、今年ってさ、あたしって、サンタクロースみたいな存在なの? そんなにレアキャラ?」

「そうだよ? 超レアキャラ」

 ようやくハヅキが、とろん、と笑った。

「ふーん」

「来年も、絶対会おうね」

「何それ」

「今のうちに、約束」

「まぁ、うん。ハヅキが約束したいっていうなら、うん。来年も、会おう」

「レモンティーが降って、月が出たら。きっと光が、アキを導いてくれるから」

「へーんなの」

「変で結構」

 あたしはハヅキと、なんでもない話をたくさんした。ハヅキは、いつの間にやら出世してた。下っぱのボロ雑巾だったはずなのに、今では後輩っていうか、部下がいるんだって。

 でも、これは全部作り話だ。だって、あたしとハヅキは一学年差で、だからあたしが学生の間に、ハヅキに後輩ができるはずがないんだもん。

 あんまり淀みなく喋るから、ハヅキの話は、まるで本当の話みたいに聴こえる。すごいなぁ、ハヅキ。こんな特技、あったんだ。知らなかったなぁ。

 知らなかった? 違う、違う。確か、ハヅキは中学か、高校か……あたしと出会う前に、演劇部にいて、脚本を書いたりもしてたんだ。そうだ、だからこんなに作り話が上手なんだ。それで、ええと――。

「そろそろ、時間だね」

「ん? 深夜に散々語らって、そろそろもクソもなくない?」

「それはそうなんだけど。もう、月が隠れてしまうから」

「月が見えてないと、ダメなの?」

「そう。月が見えてないと、僕らは――」

 まんまるの街灯が、ブン、って消えた。それを合図にするように、月が、あたしがいる世界から消えた。光源を失った世界は、真っ暗闇になった。

 ハヅキは何にも言わない。だから、あたしも何にも言わないで、じぃっと耐えた。ひとりじゃないから、真っ暗闇でも怖くない。でも、やっぱりちょっとは怖くて、あたしは「電気が早くつきますように」って、心の中で願ってた。

 まんまるの街灯が、ピカピカってなった。

「わ、ビックリしたぁ。ね、ビックリしたよね、ハヅキ。……ハヅキ?」

 ぼわーん、ってまたついた時、ハヅキの姿は、なかった。

「元演劇部って、イリュージョンもできるの? なんで一瞬で消えられるの? へーんなの。またね、とか、じゃあね、くらい言ってくれても良くない? あれ、また来年って、言ってたか。来年? なんで、来年?」

 あたしはひとり、とぼとぼと歩いた。家に着いた頃には、なんだかすっごく疲れてて、歯磨きをして、トイレに行って、ベッドに飛び込んだら、すぐに寝ちゃった。

 ハロウィンパーティーが始まる、ちょっと前まで。

 危うく遅刻しちゃうくらい、ギリギリまで、ぐっすりと。


 急いで身だしなみを整えた。

 本当は、血糊メイクとかもしたかったけど、諦めた。

 家を飛び出して、走る。ちょこっとだけど、遅刻確定。ちょこっとだって、たぶん怒られる。開口一番「トリックオアトリート」なんて言ったら最後、たぶんめっちゃ怒られる。

 息が切れても、普段そんなに運動しないからか脇腹がピキって痛くなっても、ひたすらに駆けた。

 ようやく、待ち合わせ場所の近くまで来た。魔女の仮装をした、ヨウコが見える。踏み込む足に、力を込めた。

「ヨウコ、ごめん! 寝坊した!」

「はぁ? 寝坊ってアンタ……」

「夜更かししまして」

「コラコラ。早く寝ろって言ったじゃん! ったくぅ。帰りに自販機でジュース! おごってくれなきゃイタズラしちゃうぞ!」

「わかったわかった」

「それじゃ、行こう。もう始まっちゃってるよ? パーティー」

 会場内では、あちらこちらで「トリックオアトリート」が響いていた。恐怖を纏った悲鳴は、聞こえない。

 あたしたちはひとしきり騒いで、なんとなく疲れて、ジュースを飲みながら、「トリックオアトリート」って言ったらもらえたグミをもぐもぐ食べた。空を見上げてみたら、月が見えた。月を見たら、なんとなく、ヨウコにハヅキのことを話してみたくなった。

「ねぇ、ヨウコ」

「んー?」

「あたし、夜更かししたって言ったじゃん」

「うん」

「それで、あたし、ハヅキに会ったの」

「あぁ。今年は覚えていられたんだ」

「……え?」

「去年だって、会ってたじゃん? 去年は深夜だってのに『ハヅキが!』って電話かけてきてさ。パーティーの時に、迷惑電話の文句を言ってやろうと思って、アキにハヅキさんの話をしたらさ、『なんの話?』とか言ってたんだよ。だから、夜中に叩き起こしたくせになんなんだよ! 覚えてないのかよ! って思った。飴舐めながら、着信履歴と発信履歴を見比べてさ、『あれぇ?』って首ひねってたよ? アキ。でもさ、なんか、あの世とこの世が曖昧になる、ハロウィンらしいっていうか、なんていうか。アキの記憶も曖昧になっちゃうんだから、変っていうか、面白いっていうか。そっか……今年は覚えていられたんだ」

 あたしには、ヨウコが何を言い出したのか、よくわかんなかった。わけがわからなくって、口をつぐんだ。何にも言わずに考え込む私に、ヨウコは凪いだ声で、言った。

「あっちがあの世じゃないんだよ? こっちがあの世なんだよ」



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