魔女のお仕事

 私と不明門あけずくんは、裏吉原の街道を歩いて行った。

 遠くには花魁道中が見え、さっきの首の伸びた花魁とは違う人がしゃなりしゃなりと歩いていた。


「あの……」

「なに?」

「魔女って具体的になにをしているひとなんですか? 先生の言っていることがいまいちわからなくって」

「うーんと、師匠は異国から来たってえのは、言ってたと思うけど」

「はい」

「異国では魔法を学ぶ人がいて、そういうひとを魔女って呼ぶんだってさ。魔法を使うひとだから、魔女」

「……あの、先生は男の人ですよね。魔法を使う女の人なんですか?」

「あー。なんでも、魔女ってえのは、男でも女でも魔女なんだってさ。師匠は男だろ。というか見たらわかるだろ」

「はい……」


 たしかにあの着流しから伸びる首、骨ばった煙管を持つ手、袖の奥から覗く筋張った腕は、どこからどう見ても男の人だった。そういえば、魔女っていうのは人間なんだろうか。それともあやかしなんだろうか。

 私は首を捻る。


「それで……先生は人間なんですかね?」

「うん? 師匠は人間だよ。たまたま裏吉原に迷い込んだ人間の魔女。まあ、オマエと一緒だな」

「あれ? なら不明門あけずくんは……」

「えー……俺兄弟子だっつってんのに。まあいっか。決まってんだろ。人間じゃねえよ」


 そう言った途端、ピコンと金髪から尖がったふさふさの耳が覗いた。そして作務衣から覗いているのはふさふさの尻尾だ。これは……。


「……もしかして、化け狐?」

「おう! 今は尻尾も一尾だけど、ぜってえ九尾になるんだ」


 よくよく考えると化け狐の中でも一番有名なのは九尾の狐だ。尻尾が増えるということが、化け狐の中で偉くなることなのかもしれない。

 ちらりと店の並びを見る。見ている限り、私が知っている吉原の街道の並びに立つ店は、客のための店という具合で、遊女のお土産になるお菓子や小間物、中には着物が多かったのに対して、ここはもっと雑多な雰囲気がする。

 何故か刀を売っている店もあれば、洋服を売っている店もある。もちろんお菓子屋や小間物屋も並んでいるものの、一番多いのは市井の人が生きるための生活必需品の店だった。

 でも。どこを見ても値段は書いていない。

 つけ払いなのかな。私はそうぼんやりと思っている中、不明門あけずくんは「ついたー」と言いながら一軒の店に入っていった。私は慌ててついていく。

 そこは煙草屋らしく、煙管に詰めるための葉煙草を売っている店のようだった。そこで売っている店主を、私はびっくりして二度見してしまう。

 煙草屋の店主は遣り手くらいの年のおばあさんだったけれど、目尻も口から覗く牙も鋭く、あからさまにあやかしだった。やまんば……なんだろうか。

 私がびくびくしている中、不明門あけずくんは平気な顔で店主に声をかける。


「おばちゃーん。煙草ひとつ。いつもの」

「はいよ。葉煙草ひと袋……うん?」


 店主さんはヒクッと鼻を動かすと、途端に私のほうを見た。それに私はビクッとして不明門あけずくんの後ろに隠れた。


「なんだい、人間がいるじゃないか。何年ぶりかねえ。ここに紛れ込むのは」

「あーあーあーあー……食べんなよ。こいつ俺の妹弟子、師匠の弟子だよ」


 途端に不明門あけずくんに腕を広げられて庇われ、私は心底ほっとした。

 それに店主さんはこちらを上から下までジロジロと眺めると、溜息をついた。


「……そうかい、柊野ひらぎのさんの弟子なら、とっ捕まえて下女にするのも無理だね。わかったよ。見逃してやる。さっ、さっさと支払いな」

「ほい」


 そう言いながら不明門あけずくんが支払うために出したのは、財布ではなかった。持っているのはびいどろの瓶で、その蓋を開けると、琥珀色の液体がとろりと出て、それが店主さんの瓶の中に納まっていく。その店主さんの持っている瓶を占めているのは紫色の液体だけれど、不思議なことに琥珀色の色は混ざらず、紫色の液体が溜まっていくだけだった。

 そのまま不明門あけずくんと一緒に葉煙草の入った袋を持って帰っていく。私はそれを不思議な顔で眺めていた。


「これは……?」

「これが徳。この徳が裏吉原で生活するのに必要になるんだよ」

「普通の吉原のお金みたいなものなの?」

「うーん。店で使う場合はそうかもしれねえ。でもそれだけじゃねえよ。師匠なんて、それだけじゃ使わないからさ」


 そう言いながら、私たちは先生の店へと帰っていく。

 店には【万屋】とだけ看板が出ている。なんでも請け負うという仕事らしいけれど、魔女が商う請け負いってなにをするんだろうと、私は首を傾げた。

 そう思っている中、煙管をくゆらせた先生が、誰かとしゃべっているのが見えた。

 背中を丸めた女の子だ。年は私と同じくらいに見えるけれど、人間がいるのは滅多にいないここだったら、見た目だけでは年齢はわからないかもしれない。着ている着物は、私が今着せてもらった着物と同じで綿の着物だ。からし色に千鳥模様の着物を黒い帯で留めている。


「ふぅーん、なるほど。わかった」

「よ、よろしくお願いします……」


 そう言ってぺこりと頭を下げてから、彼女は店を去っていった。

 それを見ながら、「ただいま戻りました」と挨拶をすると、先生が頷いた。


「お使い頼んで、徳がなにかわかったかい?」

「ええっと……私の知ってる吉原の買い物に使うってことまでは。他にも使い道がわかるらしいですが、まだわかりません」

「それでかまいやしないよ。さて、お前さんたちがいない間に繕い屋の喜多きたから依頼があったよ」

「繕い屋……」


 そこに私はときめいた。

 繕い屋は私が吉原でやっていたことを、もっと手広くやっている商売だ。店を越えて、着物の修繕を行っているんだ。あの子とはしゃべれば会話が弾むかもしれないと、少しだけうきうきする中、先生は続けた。


「そこでねえ、依頼を受けた着物を馬鹿猫に盗まれたみたいでね、自分だと取り戻せないからなんとかして欲しいって依頼さね」

「猫が持って行ったのなら、猫の住処にまで取りに行ったら……」

「あやかしにもいろいろいてね。猫の住処が鍛冶場だから入れないんだそうだ。だからあたしたちみたいな人間に、そういう依頼が来るんだよ。不明門あけず、店番しておくれ。今日は音羽に仕事を教えるから連れてくよ」

「はーい、行ってらっしゃーい」


 そう言って私は再び店を出ることになった。今度は先生と一緒だ。私は途方に暮れた顔で先生を見上げた。


「あのう……鍛冶場ってことは、裏吉原には鍛冶場があるんですか?」

「そうだね。表の吉原には、そんな場所がないはず」

「はい……」

「あそこは火のあやかしの縄張りだから、水のあやかしだったら入れなくってねえ。依頼を受けた着物だって修繕したら返却しないと駄目だし、喜多に持って帰ってあげないとどうにもならんだろう。じゃあ行くよ」

「あ、はい」


 鍛冶場というのは、私も見たことがなく、少しだけわくわくしていた。

 ここは私と先生以外はほぼ人間がいないらしいけれど。そのおかげでできる仕事もあるらしいってことに、私は少しだけほっとしていた。

 吉原は苦界で、借金を完済しない限りは女が苦しむ場所だと思っていた。そうじゃないという裏吉原は、徳を積まなければいけないとしても、私にとっては呼吸しやすい場所のようだ。

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