第2話 佐川栄一の場合

「おい!早くしろ!」


 継ぎ接ぎの全くない着物を着た男はそう言うと、ドカッと私の前で胡坐をかいて催促する。

 隣の部屋では夫が寝ている。しかし男は全く考慮せずに自分のそれを取り出すと、私の頭を掴んで股座にあるそれを強引に含ませた。


「ったく、キヨとは狭すぎて一回もまともに出来とらんのに…。何が悲しゅうて醜女のでか女の相手を毎月せんといかんのや。……って、歯を立てるな阿保!チッ!何度やってもドヘタやな。おい、手も使ってもっと真面目にやらんかっ。」


 男はそう言うとゴロンと大の字に寝転ぶ。私は男の股座に座り、言われた通りに手と口を動かす。やがて男のそれは私の口の中でムクムクと形を変えた。

 私は自分の着物の端を上げ、自分の唾液と男のものでテラテラと反り立ったそれを自分で導いて深く身体の中にうずめた。


 この世で私が最も好いている夫が、襖を挟んだすぐ隣に寝ている。

 私の様な女を『君』と呼び、私の事を誰よりも『綺麗』だと愛しんでくれる夫。その最愛がいる隣の部屋で、私は夫ではないこの男のものを半年間幾度となく受け入れている。


「っ、くっ、っっ!」


 私は夫に聞かれない様に必死で声を噛み殺す。しかし、今迄全くされるがまま動かなかった下の男が、いきなり私の最奥を穿った。

 私の口から思わず悲鳴にも似た嬌声が上がった。

 慌てて口を塞いだ私に、男は意地の悪い笑みを浮かべると、


「ふんっ!気持ち良さそうな顔しやがって、好きもんが。……ほらほら、そんなんじゃ出るもんも出ねぇぞ。もっとしっかり動けや!こんな風に!!」


 ガツガツと激しく下から何度も私を突き上げた。

 辛い。苦しい。虚しい。悲しい。ない交ぜになる感情とは裏腹に、私の身体は憎い男のものを受け入れて蠢く。

 違う!絶対に違う!!これは私達姉妹の役目の一つ。妹には出来ないのだから代わって姉の私が果たすだけ。

 自分の口から漏れ出る嬌声と、下からダラダラと溢れ出る水音に私はそう必死で言い訳する。

 暗い室内に立ち込める臭いと熱気。

 やがて、男のものが何度も痙攣する終わりを待って、私はずるりとその身からそれを引き抜いた。





(仕方ないんだ。……耐えろ!耐えろ!!)


 僕は襖を隔てた向こうから聞こえる二人の息遣いと、想像するに容易い数多の音を布団を頭からかぶって己を殺して聞いていた。

 愛しい僕の大切な妻。

 しかし、僕が弟と同じ様にその最愛を抱く事は決してない。僕の病気を彼女に感染うつすなんて死んでも御免だ。

 私の身体はもうすぐ朽ちる。自業自得だ。羽目を外してこんな病を貰った僕が悪い。羅漢してすぐには自覚症状が出なかった。そして分かった時には既に手遅れだった。


 僕には母親の違う半年違いの弟がいる。

 僕の家はこの辺りで名の知れた豪農。そこの長男として生まれた僕は、弟と比べて少々身体が弱かった。母親の期待は僕に圧し掛かったが、僕は家は身体が丈夫な弟が継げばいいと思っていた。

 だから学問を理由に都へ出て、この病を罹ったと知った時、これで面倒事から解放されて好きな本を読みながら一人静かに暮らせると喜んだくらいだった。


 それがまさかこんな事になるなんて。

 彼女に出会って、その真っすぐな心根を知って、初めて僕はこれまでの怠惰な生き方を恥じた。命が惜しいと思った。死にたくない。もっと生きたい!心からそう願う様になった。


 彼女の前で僕は良い夫を演じた。

 短い残りの人生。一分でも一秒でも無駄にしたくない。彼女の中に僕を刻み付けたい。

 純粋だったそれは、しかし病の進行と共に仄暗く澱む。恐らく、僕の脳が病に侵され始めたのだろう。

 僕の中の醜い情欲が、蜷局を巻いて鎌首を持ち上げた。


(ああ、入れたい。入れて彼女を滅茶苦茶にしてやりたい。)


 僕は、僕自身を掴んで目を閉じる。決して叶えてはならない欲望が弾けそうになる。


(……早く。彼女の為に早く。)


「僕は逝かなければならない。」


 僕のその小さな呟きは、隣の湿った物音に掻き消されて溶けた。



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