第19話 大蜘蛛とのラストバトル3
「え……」
俺は振り返ってしまった。
動きを止めてしまった。
だがそこにお母さんはおらず、大蜘蛛しかいなかった。
すぐに当たり前じゃないかと気づいたが、じゃあ今の声はなんだったのか。
どこを見渡しても大蜘蛛以外の生物がこんなところにいるわけもなく、わからなかった。
大蜘蛛は俺の目の前までワープしたかのように素早く移動し、俺の姿を掴んだ。咄嗟のことでただ抗うが、その力に俺が相手にはならなかった。
それに全力を出せないよう抑えられている。
俺の顔を眼前まで持ってくると俺のことを少しずつ握り潰し始めた。
腕の骨と肋骨が折れそうになる。
「……何か隠し事はないか?」
「痛い痛い!隠し事ってなんだよ!?ねえよ!あいででででででででで!」
俺が拒否をすると、大蜘蛛は手の力を強めた。腕はあと少しで折れるところまで曲り、肋骨もメキメキとなり始めてしまった。
痛みと息苦しさが強くなる。それでも大蜘蛛はやめなかった。
俺を殺すほうが目的となっているような気がする。
「隠し事、あるだろ?」
「待って!マジでないから!あ"あ"っ!」
手の力がどんどんと強くなっていく。肋骨から強い痛みが走って、ヒビが入ったのだと分かった。
それでも大蜘蛛なりに潰さない程度には押さえているのだろう。
そのうち肺がつぶれて話せなくなりそうだ。
「たとえば、母親のこと。」
「ぐっ……母親って、もう死んだんじゃ、ないのか?……いででで!知らん!知らん!母親の姿、も、知ら、ない!」
「声くらいは知ってるはず。」
「声……それが、なんだよ!ああああああああっ!」
「彼女は何て言っていた?」
「えっ……あーえー……待て、思い出す。」
急に力を緩められ、今のうちだと深呼吸をする。
だが肝心のお母さんの言葉をはっきりと覚えておらず、焦りが産まれてもっと焦ってしまう。早く言わないと。と思うほど頭の中が真っ白の絵の具で塗りつぶされていぐ。
時間が経つ事に、また手の力が強くなって、また肺がつぶれていった。
呼吸もそろそろできなくなってきて、思考が乱れパニックになりかけた。だがそのおかげか、いくつか記憶を掘り返す事ができた。
「いででで!えーとえーと……あっ!私の無実を証明して、と言っていた!後は思い出せない!マジで!だから、手を緩め、て!折れる!折れるぅ!」
「……そうか」
大蜘蛛はため息を吐くと、強く握った手をゆっくりと離してくれた。俺は力なく落下し、地面に足をつこうと伸ばした。
だが高さがありすぎて体制が崩れ、どうにか足をつけることができたが、後ろにバランスを崩してしまって尻餅をついた。
苦しさから解放され、息をおもいっきり吸い上げると。のどが渇きむせた。
吐き気と苦しさでうずくまる。
大蜘蛛が俺に顔を近づけると、黒く大きな目で俺を見ながら言った。
その目は若干潤んでいるように見える。
「……なあ、私はどうすればいい?」
「ゲホ……ふぁ?どうすればって……唐突だな……。そんなのわかんないよ俺には」
「頼む、何か教えてくれ。なんでもいい、わかんない以外の意見が欲しい。そしたら私は解放されるんだ。お願いだ。わかんない以外の行動がほしい。助けてくれ。俺と私を今すぐ助けてくれ。なあ、なあ、なあ!」
「待て待て、解放?急に捲し立てられても意味わかんないぞ!」
エデンは早口で俺を捲し立てる。
だが口以外焦ってるようには到底見えず、俺は変に感じた。
一体この大蜘蛛の目的は何だ?
今まで状況がコロコロと代わり過ぎて何が起こっているのかわからなくて、ひたすら情緒不安定になりそうで、こっちまで混乱している。
流れを整理しよう。
エデンの友人が生け贄となって殺しに来て、それをエデンが殺したところから、彼女は狂い始めた。そして2、3日狂ったように敵を残酷に扱い始めた。
それを見かねて、まるで悪魔のような形相のエデンから逃げようと、俺は出ると宣言をした。それを妨害するためにエデンは俺と戦いをした後、なぜか由来もなく泣いている。
ひょっとして、当の本人も自分の事がわからなくなっているのだろうか。
だとしたら……お母さんの言っていたことはそういうことになる。
「……あ」
「な、何だ、何か気づいたのか?早く早く早く!」
「ああ、なんとなく振り替えったらわかったことがある。というか、なんで今まで気がつかなかったんだろうな?」
「何だ何だ?教えてくれ!」
俺はエデンが情緒不安定な原因が分かった。
はっきりと確証はないが、親が追いかけられている理由が「邪神」とかだったらあんな大勢の声に追いかけられていることもないはずだ。
犯罪者だとしたらなんで俺に「助けて。私の無実を証明して。」「私みたいにならないで……約束。」なんて頼み込むのだろうか?たとえ本当に犯罪者だと仮定しても、なんであんな逃げ続けて諦められない?
指名手配になるような事は少なくとも5人以上の猟奇的殺人くらい。
だがここは異世界。エデンのような化け物がうじゃうじゃいると考えると、普通それくらいじゃあ指名手配にはならないはず。
だとしたら……神とかそっちが関係してくるのだろうか?
あのときの夢の「邪神」も関係がある気がする。
不安定な事が多く、予想しているのが当たる確率は相当低い。
俺は口を開いた。
「……悪魔、いや邪神。そして俺の父さんなんだろ?俺の大切なエデンを封じ込めてるのは」
「……。」
「エデン」は黙り込んだ。
父さん、と俺は言った。
異世界なら、神を信仰している種族が多いはずだ。信仰していなくとも、神という存在はエデンすらも信じるほどなので「存在」はあるんだろう。
神が尊敬するなら、その逆の邪神なら忌み嫌われるはずだし、そんな存在と付き合ったりしたらあんなに追っかけられるのも納得が行く。
それに俺が卵の時にはっきりとはしないが、「邪神の子」という言葉も聞こえた記憶が頭の片隅にあるのが決定打だった。
俺を一直線に見る光のない大きな目は、俺のことを体の隅々まで舐め回すように見ていた。
俺はその目があまりにも不気味に思い、痛みが収まっても腰が抜けて立つことができなかった。威圧感が半端なく、一歩でも動いたら殺されそうだと感じ、背中がゾクゾクとなぞられるように凍りついた。
エデンは口を開けると、今までとは比べ物にならないほどのドスの聞いた声で唸るように呟いた。
「……呪ってやる。俺の愛人を殺した罪を変わりに、お前を呪う。」
すぐ、邪神の声だとわかった。
そう言うと大蜘蛛は口を大きく開けて、中からなにかを吐き出した。その後ぐったりとし、「エデン」は目を瞑って休んでいた。
それは動き出し、俺の体の中に入ろうと口を無理やりこじ開けられた。
抵抗はしたものの、触れられた瞬間から不思議と顎に力が入らない。
おかげで力の入れ方がわからなくなり、口が限界まで開かれてしまった。
だが俺の口は小さく、そこに無理やり入ってきたため、俺は顎が裂けそうなほどこじ開けられ、気管が狭くなり息ができなくなった。
まるで大きな石を押し込まれているようだ。
「あが……あえ……ああああああああっっっっ!痒い!」
それは、体の中に入ったところから体の中に細かくなって溶けていく。
身体中に何かを入れられ、その何かが虫のように這いずり回っているように感じ、我慢できなくなり身体中をかきむしりはじめた。
皮膚を剥いでしまいそうなほどかきむしる力が強く、傷口から何かが出たり入ったりする感触が鳥肌が立つほど気持ち悪かった。
血管の中を移動しているようだ。
やがてその感覚は全身にまで広がり、体中に傷を作ってしまう。
それから少しするとむずむず感はなくなった。
「ああああああっ……あ、終わった……」
やっと終わったことを喜びながら起き上がると、そこにエデンは伏せて寝っ転がっていた。
よぼよぼな、シワだらけのおばあさんのような顔をしていた。
非常に息も浅く、顔も血の気がなく青白くなっており、先程まであった目の光が完全になくなっていたその姿は、とても苦しそうだった。
死にかけのおばあちゃんのようだ。
俺は立ち上がり、すぐさま走りだしエデンの顔に回復魔法をかける。
緑色の光は発生したものの、その効果はないようなものに見えた。
「エデン!しっかり!」
「無駄だよ。こんなんじゃあ……体系的にも、魔力的にも。ニグじゃあ到底、対処できない。」
そう言うと苦しそうな咳が続けて出てきた。同時に口から出てきた液体は、青かった。
血だ。
「そんな……おばあちゃんみたいな声してんじゃねぇ!さっきまでのイキイキしてたエデンはどこにいったんだよ!」
「いないよ……もう。」
か細い声を出すのがやっとのようだ。声を出すごとに咳ごみ、体力が落ちていっているよう。
助けようと回復魔法や他の系統のをかけるが、いくらかけてもエデンの気分が良くなることはなかった。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度もやっても、エデンはどんどん干からびて行く。
やがて魔力量が少なくなって、俺も倒れそうになるくらいでも、エデンは回復しなかった。
「……時間がないから、何が起こったのか伝える。……」
「待ってくれよ、時間がないって」
「現実を見ろこの若いの!!!!!」
「っっ!?」
エデンに渇を入れられ、俺はつい手を離して固まってしまった。今にも倒れそうだが、倒れることも許されないほどその威圧感は強い壁のようだった。
泣いていた目も枯れ、強制的に頭を冷やされ、冷静になった。
エデンがその後、今までの事の経緯をざっくりとだが話してくれた。
…………
……
それはエデンが友人を殺してからすぐ後のこと、エデンは友人の中から何かが出てくるのを一瞬で見たという。
その時、その何か以外の時間が完全に止まっていて、そのまま声も出せずに俺のように口から入られ、気が付けば取り憑かれていて、それから今までずっと取り憑かれないように意識がなくなりそうな中踏ん張っていたらしい。俺がトレーニング中でも、エデンが戦いの相手をしていたときでも。
最終的には完全に支配はされなかったが、八割は乗っ取られ、すでに体力は限界を越えていたため、魔力で寿命を力に使う魔法を使って自分を犠牲にしてなんとか耐えていたらしい。
そして今のこの体に至る。
…………
……
ということは、あの時見えた凶悪なオーラは邪神の姿なのか。今さっきの黒い影も今思い返すと同じように見えた気がする。
それに今までおかしかったのも、体の支配権がエデンじゃなくなっていたからで、戦ってる時に常に歩いていたのはエデンが抵抗していたっていう事なのか。
だとしたら俺の体もいずれ……と考えると自分が憎く思えた。
「エデン……嫌だ!」
「私だって、死ぬのは嫌さ。けど、お前が、自分の手によって、目の前で死ぬ方が、よっぽど嫌。」
「……そんなの勝手すぎるよ」
俺はすでに泣いていた。大粒の涙が目から溢れてくる。
エデンは最後の体力を使って、笑顔で俺のことを包んでくれた。ずっしりと重かったが、とても暖かくずっと触っていたかった。
「ああ、邪神のかってだ。他の方法が、あったとか、俺が死ねば、よかったとか、いくらでも、嘆け。謝るよ。すまんね」
「嘆くわけがな……うっ」
「ニグ、最後に、一つ、言いたい。」
「な、何?」
エデンは一息置いた。
「たとえ、邪神の子だとしても、どうにか生きてくれ!これはお前への呪いだ!ハハハ!」
言い終えると、エデンは目を閉じて力を失ったようにパタリと倒れた。
「……エデンは……エデン?…………いやだ、いやだいやだいやだ!」
それ以上、言葉を紡いでくれなかった。
閉じる瞬間、黒曜石のような目は光を失っていたが、奥底はまだ輝いていた。
まるで遠くへいってしまうように、その光は失われていった。
エデンの突然の死に、俺は目をつむり嗚咽を吐くしかなかった。
地面に「青」の液体と、透明な粘液、それに肉のかけらが垂れ落ちた。
痛みに気が付けば、舌を噛んでいることに気が付いた。肉のかけらを拾い上げ、舌だと確認すると、俺はハッとした。
エデンが死んだから一緒に死のうかと思ったのだろうか。
だがその痛みだけ感じ、舌も痙攣せず喉がつまり窒息することもなく、その傷もすぐに治ってしまった。
「ぅうっ……うああああ……」
俺はその後ドラゴンの咆哮のような大声で泣いた。
なんで?
3日前までひたすら元気だったじゃんか。
それなのになんで、たった3日で?
ただただ短すぎる。せめて最後の挨拶くらいは、したかった。
さようならも、言えなかったのだ。
この洞窟に生まれ落ち、まだ出会ってから3、4ヶ月ほど。
そのはじめての別れは、想像も出来やしないほどあっけなかった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あとがき
見てくださりありがとうございます!
これで「洞窟編1,大蜘蛛と」は終了となります。
さて、ニグはこれからどうなるのでしょう。
生きる呪いを与えられた以上、生きるしか選択肢はないのですが・・・
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