第18話 大蜘蛛とのラストバトル2

 本当にこのまま、生きれるのだろうか。


 まだ「チャンス」は作り出せるのだろうが、そもそもチャンスを与えられても実行する体力がない。

 回復魔法が使えるのでまだ動けると思ったが、そう事がすらすらと上手く行くということはないそうだ。


「……がぁぁ」


 息を吐けば、唸り声が出る。

 喉の震えを感じ、喉にあった細かい何かが胃の中に落ちていく。何も食べてないが、何なのだろう。

 ドラゴンの唸り声が出る仕組みとその発動条件はよくわからないが、気分的にも唸り声を出した方が回復が少し早い気がした。それに安心感を少しだけだが感じる。

 それはまるで猫のグルーミングを聞くかのようだ。


 大蜘蛛はまだ遠いが近づいてくる。大きな足音を何回もならし、地面を抉りながら。あの下にいたらと思うとゾッとする。


 ずっと歩いているのだが、なぜ走らないのだろうか?

 俺にハンデでも与えているのだろうか?

 ひょっとして舐められてるのか?


 大蜘蛛のことを考えると疑心暗鬼になり、疲れもあってかイライラが強まってきた。

 

 一体俺をどうしたいのか。

 本当に殺したいならすぐにでも俺の首を掻っ切るはずだ。それか最初の時に縦に真っ二つになったはずだ。

 なのにどうして、歩いている?


 わからない。ただ迫りくる恐怖を与えて怯ませるためか、わざと手加減をして苦しめるか、まだエデンの良心が残っているのか。などいろいろな考えが一瞬で浮かんだが、その考えもきっと違うだろうと思った。

 

 考えがどんどん頭に浮かんではぐるぐると回り、頭の容量がいっぱいになりそうだ。


 大蜘蛛の考えがせめて表情からでも読めれば良いのだが、何か壁ができてそれが俺を塞いでる気がする。その黒曜石のような大蜘蛛の目に何が写っているのかもわからないし、ずっと無表情で大蜘蛛の表情が読み取れない。

 

 いつも俺と話しているときは、蜘蛛の顔にあんなに表情がつくのかと思うくらい感情表現が豊富だった。笑顔になればその牙の横から口角が飛び出して目も閉じて、悲しくなれば目の一部が斜めに欠け、顔全体がぐったりとしている。というようでとても元気な感じだった。


 今の大蜘蛛は、言うとすれば失うものは何もない犯罪者という感じだろうか。


 頭の中は混乱しているものの、考えていると少しずつ体力が戻ってきた気がする。体も脇腹の痛みもなくなり、爪も完全回復、それに羽も少しずつ治っていた。

 足を動かしても痛みは感じず、疲れで気だるい感じもなくなった。


 目の前にはエデンの腕が伸びてきているのが見えた。

 もうこの穴の目の前に来ていたようだ。


「……ガルルル」


 毛を逆立て、前に倒れ四つ足になり、喉を唸りながら少しずつ横へとずれていく。

 出入り口の大きさは俺一人分がギリギリ通れるサイズである。一方エデンの腕はそれより一回り小さい。

 その隙間に入らないといけないのは至難の技だが、色々と持っているものを駆使すれば行けるだろう。


「なんで唸ってるの」

「もうおまえがエデンだとは思えないから!」


 エデンがふと手を止めて、俺に話しかける。

 俺はその言葉を拒絶するように怒鳴って返答した。

 エデン本人じゃないとわかられて諦めているのか、もうその声はエデンの声ではなかった。

 

「なんで、エデンのことを大事にするの?」

「それは……大切に育ててもらったからだ!エデンが俺を生かしてくれたんだ!」


 自分でそう言うと、エデンがエデンが。と思い続ける気持ちが高鳴り、彼女にすべて頼ってしまったのだと感じて、ここに来たばっかだった時の自分の無力さが滑稽に見えた。

 

 だが、その時と今は違う。

 この戦いで成長した。

 

 どんなことを質問されても、俺の頭はすぐ返答することが出来た。


 質問をされている間に警戒しながら辺りを見回し、返答しながら手元では穴の入り口横を掘っており、あと少しで通れるくらいの薄さに開通するはずだ。


 壁を叩いて、軽い板材のような音をさせて、壁が薄いことを確認すると、そこから少し離れ、足蹴りを食らわせた。


「はぁあああっ!」


 見事そこから空中に出て、脱出できたかと思ったが、そこには大蜘蛛の顔があった。

 空中じゃあ向きを変えることもできずにその顔に乗っかってしまい、一瞬何が起こったのかわからなかったのですぐに動けず、そのまま大蜘蛛の手で潰されかけられた。なんとかギリギリで避けることができたが、焦ってしまい腰が抜けてしまった。

 そのまま顔から転げ落ち、地面に首をぶつけてしまった。


「うっ」


 幸い折れはしなかったが、寝違えたように首が思うように動かない。

 体も思ったように動かず、後頭部からズキズキとした痛みがだんだんと大きくなっている事に気づいた。


「終わりだ。」

 

 なんとか腕を使い自力て立ち、上を見上げると大きな身体から手が伸び、その手に魔力が膨大に込められているのが見えた。


 「《服従》」


 そう大蜘蛛が言うと、俺は頭がかき回されるように感じた。

 そしてその中に言葉がどんどん入れられていく。彼女に従えだとか、彼女は絶対だとか。

 一つ一つの言葉が激しく頭をかき回し、俺を混乱に陥れようとする。頭痛がして頭を抑えながらも俺は走っていった。

 とにかく大蜘蛛の前から逃げたかった。

 少しするとエデンはその魔法を止めたが、それでも俺の頭の頭痛が止まることはなかった。

 頭をグリグリと潰されている感覚から、段々と釘がささったかのような痛みに変わっていき、頭をそこら辺にぶつけていたほうがマシなほどだった。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!

 

 だが痛みに負けるとエデンに洗脳されそうで、その恐怖のほうが非常に強く出た。

 なので頭の中の言葉も気にすることはなくなった。エデン様の拷問は素敵なのだ、なんて言っているが拷問が素敵なわけないだろ、と弾き返せるほどに。


 俺は目の前がjわおいえなdこいsdf;あくぇ真っ暗になりそうになりなgらも。走っっっrた。


「くっそ……あああぁっ!」


 叫びで意識をより安t定させる。

 意識が飛びそsうでv油断すrるとべ頭の中あが言葉で潰されそうだった。


 だが耐えあるのにもs限界があcfるだろうし、早くt解決方d法を見fつけなければ。


 少しずつ意識がとおのいでいく。このままでは本当に終わりだ。


 ついには地面にかがみ込み、体がなにかに抑えられた。



 もう終わりかと諦めかけた時、俺は何かを思い出し、そのスキルを口にした。




 「《辞典》!」




 そう唱えると、俺の頭の中が一気に整理されていく。

 頭痛も少しづつ止んできて、疲労感や気だるさもなくなっていった。逆にスッキリして回りが鮮明に見えるようになったりして、エデンの姿がはっきりと見えるようになっていた。

 頭の中に声が響き渡る。朝のテレビのニュースに出てきそうな聞きやすくきれいなアナウンサー声をしていた。

 

〈サポート・魔法的精神療法、を実行しました。次に、スキル《翻訳》を使用し対象’エデン’の症状を見ます。〉


 一体お前は、このスキルは何なのか聞こうとしたが、それよりも目の前の戦いに集中するべきだと考え、後でにすることにした。


 これがエデンの言う「隠し持っていたとんでもないチートスキル」というやつなのだろう。だが、神様がなんの理由で俺に特別に恩恵、言い換えると「主人公補正」を与えてくれたのだ?と考えたが、それも後でにした。

 時間がないんだ。

 

 目の前には《辞典》で出た文字が、近未来的な青いパネルだらけの視界の中に表示されていた。

 スキル発動時にごっそりと魔力が持っていかれたが、体が興奮しているようで、ふらつくなど体への異常性はなかった。


〈エデン、状態:憤怒、悲壮 推奨:逃げること〉

 

 推奨:逃げることって……もうやってるわ!とあっけらかんに思ったが、恩恵スキルの言うことだ。とスルーした。

 だが踵を返して攻撃もせず逃げるとすぐに捕まりそうであった。

 逃げる方法を考えていると、また《辞典》が反応した。


〈大蜘蛛は細かい動きが苦手なため、スキル《魔力操作》による移動速度加速魔法を使い、雑多に逃げることをおすすめします。〉


 誰だかわかんないけどめっちゃ話してくれるやん、と俺はその声を褒め持ち上げた。

 言われた通り踵を返し、魔力操作で自分の魔力を足にやり、《疾速》と唱えた。

 魔力が足で燃える感覚があり、走り出すと想像以上の速さが出た。電車に乗っているのと同じようなものだ。


 最初は恐怖を大きく感じたが、だんだんと爽快感に変わり、気持ちが少しだけ晴れた。

 その勢いを使って出口に一直線で向かっていくと、それに気づいたのか大蜘蛛は魔法を急いで放とうとしていた。

 視界からは外れていたが、ほのかに寒気を感じたので氷魔法を打とうとしているのだろう。


 だが魔力量が今までの何倍もに膨れ上がっていた。


 「《■■■■》」


 遠すぎてなんて言っているのかわからないが、振り返りたい気持ちを抑えて俺は前に進む。

 走っている間にジグザグに曲がれば助かる、というスキルの言葉を信じて、ジグザグと大きく曲がり始めた。

 右に左に右に左に、ときにフェイントをかけてはまたジグザグとした。


 後ろから放たれてくる氷塊を、俺がちょっと前にいた場所に地面を抉りながら落ちてくる。そしてまた曲がると曲がった角に氷塊が落ちてくる。

 

 落ちてきた瞬間に爆発し、その細かい欠片が飛んでくる。

 一生懸命避けるもののかすり傷は避けられなく、いろんなところに薄く傷が残ってしまってヒリヒリと痛む。


 少しびびり始めたが、それでも後ろを見ることなく出口へと向かっていく。

 出口はあと走れば数秒で着くところまで来た。これは行けるだろう。

 

 大蜘蛛は攻撃をいったんやめ、次の魔法を唱え始めた。


 さっきから大蜘蛛の行動が謎すぎて何がなんだかわからない。

 なぜ走らないのか。走れば殺すのは簡単なはずだ。

 なぜ今攻撃を止めたのか。続ければ足をやれたはずだ。

 なんで《服従》なんて魔法を使ったのか。殺すって言われているのに。

 一体なんでどれも遠回りなことをするのか。煽ってるのか?

 

 今まで資格共有で見ていた戦い方とぜんぜん違う。


 惑わせて疑心暗鬼にさせるためだとも思ったが、それは特に影響がないのもわかるはずだ。

 ああもう、何が起きてるのかわかんなくなってきた!見事に手の上で踊らされているようだ。


 頭を抱えながら走っていると、後ろから囁くような声がした。


「……ニグ。」


 は……と俺はすぐ振り返ってしまった。


 それは、お母さんの声だからだ。

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