第17話 大蜘蛛とのラストバトル1

 本当に突然の戦いだった。

 それとも、必然の戦いだっのだろうか?


 エデンがおかしくなってしまったなら、もうここには安全な場所はない。

 

 彼女には、まるで俺が子供のように、満遍なく生活を支えてもらった。

 なのに、その大きな恩を仇で返すようなことになってしまったことを申し訳なく思った。

 しかし、仇で返すことが今はけっして悪いことではないような気がした。


 むしろいいことをしている気持ちにも思えた。

 

 爪は前にも剥がされたが、あと少しで完治しそうなところにあるので使い物にはなるだろう。

 それにこんだけ強くなったんだ。きっと洞窟に出ていっても大丈夫。確証はないが、確信はあった。

 

 エデンとにらみ合う。

 やはり何度見てみても、彼女の真っ黒な目は殺意に溢れていた。

 最初に隙を見つけようとするが、ない。強いダンジョンのラスボスなので当然の話だが、こんなにも隙がなく怖いなんて思ってもいなかった。


「……チッ」


 俺は舌打ちをした。

 するとエデンはなぜかこちらをギッと睨んできた。

 なにをしているかと思っていると、気がつけば体が動かないことに気がついた。それに心臓あたりが苦しい気がする。潰されそうなほど苦しくなると、俺は回復魔法を打って対抗した。

 しばらくすると収まったが、魔力がごっそりと持っていかれて若干の疲れを感じる。


 邪眼をどうやら食らわされていたらしい。

 俺の知らない技を使いやがって……。だがその攻撃で彼女が本気で殺しにきているのがわかった。

 彼女が本気だと悟ったとき、心臓にぽっかりと穴が空いたような、物足りなさを感じた。

 胸を触ったが特に血の感触はなかった。


「……そっか、そうだよな。もう、エデンはいないもんな」


 今は殺し合いの時間だ。

 仲良くしようと言っても、すでに彼女との和解の時間は過ぎてしまった。

 そもそも和解の言葉すら聞いてくれなかった。端からもう和解は無理だ。


 俺は前に向かって走った。テストの時と同じように。

 エデンは前足で攻撃してくるが、左右に足を弾き、揺れながら大蜘蛛へと突撃して、なんとかギリギリを回避している。

 速い、これがエデンの本来の速さだろう。


 ふと巨体の前にたっても、もう怯まなくなった自分の精神に驚きながらも、頭を振り戦いに集中した。


 やがて顔のした辺りに来ると「ふっ!」と息を込めて上に飛び上がり、飛び込んでくる大蜘蛛の足を回避しながら、ネズミのようにそそくさと駆け抜けていく。

 後ろは壁なのでエデンは後に引けなかった。


「ちょこまかと……」


 その攻撃は絶え間なく続いて回避するのに精一杯であったが、必死に避けていると法則に気付きそれに合わせて回避をして余裕ができていた。

 エデンはかなり先読みをする癖がすごく、もっと細かく早く動くと見事に釣られる。これで少しは楽に回避できるだろう。


 軽々と四肢を使い回避をしていると、すぐ横に足が刺さって来て、一瞬の間にそれを掴むことに成功した。

 大蜘蛛は空中で振り払おうと一生懸命だが、筋トレの成果や爪のおかげで、余裕でしがみついていられた。


「離れろ!離れろって!」


 噛みつくなどして俺の体を足に引き寄せながら、少しずつ体へと登って行く。

 さすがに体力を多く使うので、少しずつ息が乱れてくる。台風並みの風圧で息が中々吸えず苦戦するも、なんとか息は吸えていた。


 やがて体に着くと、足を切断しようと爪に力を込めた。


「ふっ!」

「あ"あっ!痛い痛い!このっ!」


 毎日しっかりと磨いている爪は、柔らかい肉のようにエデンの腕の根元を削いでいく。

 そこでも俺を潰そうと腕をぶつけてくるが、地上とは比較的ゆっくりだったので避けやすかった。避けながら切り続けることも軽々とできた。


 自分の体の上なので、流石に強く殴ることはできないのだろう。


 足を切るごとに、青い返り血が飛んでくる。汚いとは思ったが、拭う暇もなくに目元だけ拭いてあとはそのままにした。

 足を切ると言っても輪切りにするのではなく、少しだけ残してあえて回復を待った。

 回復に専念することはないと思うが、その痛みと回復時間で一瞬の隙くらいはできる。


 これをもう4、5本繰り返し、エデンは安定性がなくなり震えだした。


「ああああっ!痛い痛い痛い痛い痛い!」

「300年ぶりの痛みとくと味わえよ。」


 悶えている隙に、俺は蹴り思いっきり距離を顔に詰める。

 だが、その時に前に夢中になりすぎて、後ろから払われている事に気が付かず、その手によってふっとばされた。

 命の危機を感じ、受け身を空中で取るも、勢いが強すぎるあまり俺は鉄砲玉のように背中から飛んでいき、壁に思いっきり背中をぶつけ、肺とお腹が押しつぶされ、口から空気と痰が出てくる。


「がぁあっ!」


 ドラゴンの鳴き声のような低い唸り声が俺の口からでた。

 衝撃で土煙が舞い、一寸先すら見えないが、目の前から重々しい足音が聞こえる。どうやら大蜘蛛は一気に距離を詰めることはないみたいだ。

 違和感を感じるが、ここは運が良かったと思っておこう。


 体力が一気に削られ、衝撃で手の指先くらいしか動かせなくなった。

 

 これが、力の差なのだと感じる。


 俺は、その衝撃だけで、今までしてきた筋トレ、テストなどがすべて無意味のように感じた。


 いや、正確には意味は少しあったのだが、その鍛えた意味すらもかき消されてしまうほど、大蜘蛛が強大すぎたのだ。


 あの恐ろしい力を敵に回してしまった自業自得なのか?それとも、ただ単に運が悪かった?


 どちらにせよ、はじまったことだ。動け。俺の体……、


 やがて土煙が消えると、エデンの目が見え、顔が見え、足が見えた。

 後ろには俺が切りかけた足が置いてあった。まさか、自分でちぎったのだろうか。大蜘蛛ならすぐに再生するかもと思っていたが、ちょっと意外だ。


「こっちの番」

「……くっ」


 エデンの声で大蜘蛛はこちらに呟く。

 それはエデンの声のはずなのだが、前のエデンの声とはなぜだか違うように聞こえた。低い声で喉を鳴らすような声に、金切り声も合わさっていた。


 大蜘蛛は動けない俺に手を突き出した。

 手の先はナイフのように鋭くなっており、光がないのに光沢が見える気がした。


「今から肌をそいでいく。私はいつの日かこれをされた」

「お、おい、肌を削ぐ?」


 冗談だよな?と言う前に大蜘蛛の手は俺の脇腹をかすめ、浅い傷を作った。

 痛みはそんなだが、ヒリヒリと麻痺をするような感触が俺の本能を駆り立て、命の危機に扮していることを教えてくれた。

 

 やめてくれ。たのむ。


 そう祈りながら目をつむると、俺はあることを思い出した。

 エデンが教えてくれたことに、疲れの分散のさせ方や、糸の解き方があったことに。


 脇腹のヒリヒリとする感覚は広がるばかりでつらく怖いが、やるしか助かる方法がない。と思い覚悟を決めた。


 俺は手を体に引っ張り、手が体につくのかを確認する。

 体につくのがわかると、俺は手に魔力を込めて熱くする。魔力を込めると体温が上がるのとともに、疲労感も魔力についてくる仕組みなので、それを利用した技だ。

 腕の疲れが増えて震え、疲れが若干取れた。俺は魔力がなくなり筋肉が少しだけしぼんだのを心配に思いつつも無理やり体を動かした。


 心のなかで何かが動き、《脳拡張》というスキルが動いた、と思った。


――15%


 壁のくぼみにハマっていた体が宙に飛び出すと、落下して顔から落下したが、逃げなくてはと足を叩き無理やり体力を絞り出した。


「うぉあああああああああああああああああああああああっっっっっっっ!!!!!」


 一生懸命無我夢中で走り、足が麻痺しそうになっていたが、走り続けた。


 今度は無意識に《魔力操作》というスキルが発動した。


「《ヒール》!」


 俺は自分の胸に手を当て、残り少ない魔力を使い回復をした。回復をすれば、魔力の回復も早くなるだろう。

 こんな魔法俺はまだ教わってないので知らないはずだが、気がつけば頭に浮かんでいたのだ。これも《魔力操作》と《脳拡張》の効果なのだろうか?


 必死に走る俺の息遣いと足音、後ろからゆっくりと歩いてくる大きな足音が聞こえる。

 

 あまり細かいことを気にしている時間じゃないなと思い、最初いた穴に向かった。 

 幅は狭いが少しは時間を稼げるだろう。


 最初はとても広い部屋だと思っていたのだが、3週間も経って成長すると、4畳半の部屋ほどの大きさにしか感じなかった。

 成長の速さに一瞬目が行き、自信が付いた。


 俺も成長したんだ。と。

 そして今も成長していると。


 軽々と壁走りを出来るくらい体力が回復したので、それを出し尽くして穴に入ってからはなるべく奥で体力の方を回復するのに専念した。


 息の音をなるべく抑え、体を丸めて影に隠れる。だが喉の乾きがすごく、水がほしい気持ちを紛らわすため唾を飲み込んだ。


「……あぁ」


 体力に抵抗はしてきたものの、さっきの衝撃と走った疲れで体はもう限界で崩れそうになりかけていた。

 これでも、だいぶ大蜘蛛の前だと耐えた方なのだろうか?これまで見てきた人間は一捻りで終わったが、俺はまだ翼と背中と足を犠牲にしただけだ。


 まだ……まだ。


 だが、このままどうする。まだ終わってはいない。


 今から死ぬのだろうか?

 短い間だったがお世話になった親のような存在、エデンに殺されるのか。

  


 ……諦めるしか、ないのだろうか?

 本当にこのまま。


続く

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