第9話 エデンの過去3

 目が覚めると、激しい痛みと空気を切る浮遊感を体中に感じた。

 まるで何かをぶつけられたようなひどく鈍い痛みが私を襲っていた。

 その痛みは時間が経つ事にどんどん増えていく。常に


 何が起きているんだ。と周囲を見渡、視界がぐるぐると回っていることに気づく。


「うわあああああああああああああああっっっっっっっっ!!!」


 私は、穴の中に落下していたのだ。

 

 なんで、と戸惑うが無情に私の体は転がりながら血だらけになっていく。まだ頭など大事な所は強くぶつけてはいないが、この速度だと地面につく頃には私はぺちゃんこになっているだろう。


 どうする?どうする?どうすればいい!?

 痛みと浮遊感の恐怖を味わう中、私はひたすら考えた。糸を壁に貼り付けて少しずつ上がっていく方法や、壁から魔法で足場を作り出す方法を考えついたが、糸はまだ粘性のないものしか出せなく、壁にあたっては弾き返され、壁から足場を出す魔法も無意味だとやめにした。


 それ以外に作戦を思いつこうとするが、やはり何も思い浮かばない。

 魔力もなく傷だらけなせいか、体も思うように動かなくなってきた。本格的にまずいことになっている。


 だが私は何もできなかった。

 いくら考えても希望は持てなかった。

 転がっている坂はだんだんと急な崖のようになっていき、速度がついたまま壁にぶつかり全身骨折。


 ついに地面が見えた頃には、私は気絶していた。


 そして地面にぶつかった衝撃で、私はただの肉となった。

 なぜかは知らないが、その「肉になった」感覚は最後まで残っていた。

 痛みも感じず、ただの石ころになった気分だ。


 ああ、お母さんごめんなさい。

 私は強いと言ったのに、もっと強いやつから逃げて、しまいにはつかれてふらつきながら穴に落っこちてしまいました。

 

 もっと強ければ……。


ーーエデン。


 天使のような声が私を呼んでいるのがわかる。


――――――――――――



「エデン!」

  

 呼ぶ声が聞こえて、私は目を覚ます。

 どうやら残酷な夢を見ていたようで、目が覚めると心の底から安心していた。手には汗を握っていて、それに下腹部から糸が漏れ出ている。おそらく夢の中で糸を出そうとしたのが現実にも影響したのだろう。


 まだ眠さが残る中目を擦ると、そこには立っている卵がいた。パッと見は何らかの異形のようで一瞬ビックリした。

 だが私の視線に気づくなり、卵は片足で回って見せた。


「みて!立てるようになった!」

「おお、すご……って待て。おま……どうやってここまで来たんだ?」


 確か卵は私の背と同じ高さにある穴に住んでいたはず……いくら頑丈な子供といえども、あそこから降りてくるのは想像できなかった。

 

 ちなみに、その卵はニグという名前であるが、未だ名前を声に出して呼んではいない。本人は自分の名前を知らないらしいが、卵から完全に孵化するまでは名前を教えなくていいだろうと思い、まだ教えていない。


 ニグは私の質問になんの疑問も持たずに答えた。


「ふっつうに飛び込んで、壁走りをした。」

「壁走り?!」


 ニグは平然とした顔をして自慢してきた。

 壁走りは蜘蛛属とスキル<粘性>をもっているやつだけが使える技。通常、ドラゴンや人間だと物理的に相当な鍛錬をしないといけない。

 だがニグはそのスキルを持ってはいなかったはずだし、ニグは生まれたばかりの未熟なドラゴンのはずだ。

 私は戸惑いながら聞いた。


「か、壁走りを見せてくれないか?」

「うん。いいよ。」


 そううなづくと颯爽と壁に向かって走っていき、地面をを蹴っては壁に張り付いていた。そしてそのまま壁を地面のように走り、縦横無尽にはしゃぎながら穴へと戻っていった。


「どうー?すごいでしょ?」

 

 信じられなかった。本当に壁走りをしている。

 スキルもないのにどうしてこんなことができるのか不思議だった。

 もしかしたら蜘蛛属なのかもしれない。


「いったいどうやってるんだ?」

「知らない。なんとなく感覚でやったら行け……ウェ……」

「おい!」

 

 ニグは急に焦りだし、嗚咽を出すような仕草をした。

 私は慌てて近づいて回復魔法をかけた。

 すぐに回復したニグは頭を抑えていた。


「……さすがに酔った。」

「ハハハ、何してんだか」


 私はため息をついた。



 それから、ニグは卵のままだがすくすくと成長し、もう生まれてもおかしくない。

 ニグもどうやらウズウズしているようだ。早く開放されると良いな、と私は願った。



  

 そういえば、夢に出てきたあの子達はどうなっているのだろう。たしか蜘蛛の平均寿命は250年だし、最高齢400歳なのでもしかしたら生きているのかもしれない。


 いつかまた出会えたらいいな。

 そうふと思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る