第4話 出会い


 変わらず俺は穴を落ち続けている。


 思っているより数十倍その穴は深く、もう地面についてもプロ選手ですら登ることはできないだろう、という高さまで落下してきていた。


 足もさすがにボロボロになってきて、形が変形して折れているのが見なくとも感覚でわかる。

 痛みはというと、殆ど無いようなものだった。最初が痛いだけですぐに痛みは自然と消え、落下が終わればそのうち骨折も治る、と頭の中で確信できた。原理はわからない。


 それに足の感覚を意識して、いくつかわかった事がある。


 まず、俺の足は人間の足じゃない。

 膝から足の裏までにかけて逆三角のようになっていて、足の裏には肉球らしきモチモチした肉もある。

 そしてその皮膚は、爬虫類のような鱗である。ヤモリなどの柔らかいものでなく、ワニなどの硬いガッチリとしたもの。あと、足の指だと思っていたものが爪だとわかった。

 それでも落下して傷がとても深く刻まれてしまい、そこを爪で触ると痛みを強く感じる。 


 間違いなく、異世界の生物だ。

 長い足を持ったトカゲが現実にいたら、それこそ新生物だよニュースになるレベルだ。


 その足からまた、どしん。どしん。どしん。と岩の硬いゴツゴツした感触が伝わってくる。

 穴は徐々に小さくなっているようだ。なのでいくら壁から離れても、いつかは壁にに擦りつくのだ。

 どうもこの穴を掘った人は、落ちた人を絶対殺すように設計したとしか考えられない。


 痛みがなくて本当によかった。

 もし痛みがあったら……と想像すると悶絶するほどの痛みが無限に続く感触を想像してしまい、背筋が氷のように凍った。



 それにしても穴が長い。

 この思考をしている間でも1,2ふんは経ったはずだ。地面につくのはまだだろうか?

 

 ただコロコロとたまのように転がる俺は、やっぱり考える以外何もできなかった。



 その終わりは急に来た。


 クッションのようなところに急速なスピードで入り込み、何回か反動で弾んでから落ち着くと、そのまま俺は穴から落下し終えた安心感が強く感じられ、つい眠りにつこうとしてしまった。

 だが、「ヘブエッ!」という豪快な声と、叫び声のような金切り声と、それによって同時に起こった空間の揺れによって、意識が覚醒した。


 「な……何だぁ?またか?」


 声が聞こえる。


 ……あれ?と俺は一瞬違和感を感じて立ち上がろうとする。

 さっき聞いた声とは明らか違う異質さを感じた。

 だが足がバキバキに折れていて、動けるはずもなかった。


 なにかが俺の足に触れる。するとなにか液体を、触れながら俺の体に流し込んでいく。それは湯たんぽのようにあったかく、温度すら感じれずにさみしくなっていた俺は、それにゆっくりと寄り添う。

 すると手の暖かさも伝わってきて、布団の中にいるような暖かさを感じた。


 「うおっ、生き物?……丸いってことは、さっきのやつが言ってた「卵」かな」


 あったかいものは俺を優しく慎重に持ち上げ、さっきより硬い地面におろしてくれた。だが足がバキバキに折れているため、立てないで座っていた。

 

 卵、という言葉が聞こえたが、おそらく俺のことだろう。

 すると俺は気付いた。

 ……俺卵なのか!?まじかよ!と心のなかで誰かに言うように叫んだ。

 卵といえば、鶏の卵のようにとてももろく、すぐに潰れて死んでしまうものを想像してしまっていたからである。


 「卵……とりあえず、ステータスチェック、っと。」


 その言葉の後、ふと俺の体に何かが貫かれる。

 痛みも全く無いので怪我ではないものの、その霊が体の中を通る奇妙な感覚に体全体が恐れ震えてしまう。

 一体何をされたのか不明で、俺はその声の主が少しだけ怖くなった。


 せっかく人に会えてこの暗闇から脱出できると思ったのに、なんでこうなっているのだろう。

 不幸な自分を呪った。


 「……本当に卵か?体力100で素早さ20……卵にしちゃあ十分強くね?」


 強い?卵と言っているから俺のことかな?

 そう言ってもらえるとなんだか照れくさくなってくるな。

 反応には出さなかったが、内心大喜びをしていた。


 しばらくの沈黙の後、頭の中に違和感を感じた。


「《念話》……おい、聞こえるか?」

(?!)

 

 どこからともなく声が聞こえて飛び跳ねてしまう。頭の中にあの怖い声が急に響いたからである。近くに来たのかと思って折れた足をとにかく振った。

 振った?と一瞬違和感を抱くが、すぐに足が治っていることに気づいて、自分の体の凄さを理解した。


 「おっ!ビンゴ。驚かせてすまないね。まさか日本語が伝わるとは。」

(何何何……って日本人か!日本人?!え?)


 その声は完全に日本語だった。

 訛ってもいない、外国語も混じっていない、純粋な日本人の日本語だった。

 俺は深呼吸をしようとしたが、息はまだ吸えなかった。そういえば口はまだだったな。


「落ち着けって。」

(日本人……あぁ……今まで変な言語を話す生物たちに囲まれてたから、めちゃくちゃ安心する!)

「私も安心するよ。日本語に触れたのなんてうん百年ぶりだからね」


 その声の主と会話して、俺はたまらなく嬉しくなり、ついオタクのような早口になってしまった。声の主も俺の声を聞いて「あはは」と安心して笑ってしまい、とても機嫌が良さそうだった。


 「落ち着いて。それじゃあ何もきこえないよ」

(おぉっと、ごめん。興奮しちゃって……アハハ。というか、敬語じゃなくて)

「いいよ、私ら二人しかいないんだし」

(それもそうです……だな。)


 俺は、つい初対面の人に口語で話してしまい、慌てて敬語に戻そうとしたが彼女が拒否をしてくれたのであんしんした。


 少し話を進めると、自分は転生者だと教えてくれ、俺も転生者だといい、死んだ理由を説明するとそのことで結構盛り上がった。


(なあ、そういえばここって、異世界、なんだよな?バーチャルとかじゃないよな……?)

「ああ、日本で死んでここに転生してきたんだよ。なんで転生させられたのかはわからないけどな。多分、神様が前世で何かしら事情で死んでしまった悲しい奴らを気まぐれで転生させてるんじゃないか?しらんけど。」

(すっげええええええななんか!冒険とかし放題じゃん!)


 彼女は淡々とこの世界が異世界である理由を教えてくれた。

 例えば、痛みはあるかどうか、今の体は自分のだとしか思えないかなどを話してくれた。


「異世界」


 その言葉の響きに俺はときめきとワクワクが溢れ、またつい興奮してしまいそうになる。興奮するとキモいという自覚はあるのだが、それがどうしてもおさめられない。

 

(異世界……ってことは、ドラゴンとか獣人とか、そういう人外いるのかな!?あと異形な生物諸々も!)

「蜘蛛族がいるんだから大抵のファンタジーな生物はいるだろ。それに自身がそうだって気づかないのか?」

(蜘蛛族?俺が人外?足の形は違うが、それでも人間だろ?少しおかしいってだけでさ)

「……現実逃避して(してない。)……ならいいか。」


 実際俺はわかっているものの、それを現実とは受け入れたくなかった。

 受け入れてしまうと、自身がどうなるのかすでに知っていたからである。

 

「現実逃避しても無駄だ。お前の足は、人じゃな」

(やめろ!やめてくれ!この卵からかえるまでそのことを話さないでくれ!俺のワクワクが取られるのは嫌だ!人間と話したい!人間と冒険したい!人間に頼って生きていきたい!)

「……ああもう!わぁっかったよ!色々詰めすぎ!」


 彼女がため息をつくと、その風が俺を押す。

 風圧で後ろに倒れそうになったが、なんとか体制を思いっきり立て直して、なんとか落ちずにいた。


(おぉぉっ!?)

「あっ……セーフ……すまん。まじでごめん。」

(いやいや、ただため息吐いただけなんだし、何も悪くないよ。)


 声の主は申し訳無さそうにこちらに謝ってきたが、生理現象をやめろと言っても無理であるので許すしかなかった。

 

「このままじゃ息するだけで吹っ飛びそうだから、ちょっと移動するか。お前が来ることは事前に知ってたんだよ、そいつに人生をかけて頼まれると、さすがの私でも引き受けちゃうや」


 と言いながら、のしのしと音を立てて移動し始めた。

 ずいぶんと体が大きいのか、歩くたびに震度2くらいの地震が起きる。ずっと揺れている感覚は、少し気持ち悪くなった。


 気持ち悪さがなくなり、ちょうど何かを思い出して、「そういえば」と俺は声に話しかけた。

 

(お前って何者なんだ?)

「私か?私は、大蜘蛛だよ。ビルくらいでっかい蜘蛛で、このダンジョンの主って言われてる」

(ダンジョンの主?!あの、ラノベとかゲームのラスボス的なやつ?)

「多分そう……かな?あんまりゲームしないんだよね、ラノベも有名どころ読んだだけだし。」

(あ、あぁそうか。)


 声の主が困ってしまい、恥ずかしさで気分がちょっと冷めた。

 オタクっぽくて引かれただろうか、と心配になってしまう。


「もしかして怖がってる?大丈夫だよ、食べないし」

(い、いや!怖がってないよ。声しか聞こえないし、とても優しい口調だから逆に信頼してる。)他に信用する人もいないし、話し相手がほしいしな。

「そう言われるとなんか照れるなぁ……ハハ」


 笑い声が念力と声で重なって鳴っている。

 その時にキリキリと木をこすり合わせるような音が、俺の耳には叫び声のように聞こえた。

 

 彼女はゆっくりと立ち止まり、俺をまた背中へと転がしながら戻した。


「ついた。じゃあちょっとまってて。」

(ん?何をするんだ?)

「君のための穴作りさ。そうしたほうが安心できるでしょ?」

(それもそうだな。)


 と言ってはすぐに、ドシン!と大きな音がして地面が揺れる。驚いて心臓が飛び出しそうになった。

 その後も何発か何かを打つ音がする。すぐに止み、その後声の主が俺の体を持ち上げ、その穴の中に置いた。

 その中はかすかなぬくもりと心地よい触り心地のする厚い布がしいてあり、温かい。

 布団の中のようだ。


「どうだ?あったかいか?」

(うん……寝れないけど寝ちゃいそう。)

「そうか!よかった……なかなかふわふわに作れなくってさ、褒めてもらえて嬉しいよ。」

(え?これあなたが作ったの?)

「そう!私の蜘蛛の糸を頑張ってほぐして作ったの!」

(へぇー器用だな。)


 ハハハ、と機嫌の良さそうな笑い声が聞こえる。

 

 声の主が嬉しく笑っていると俺も自然と嬉しくなる。

 だが話によると、人間が作るものはこれよりも数倍フカフカで、まるでマシュマロのようらしい。

 声の主も頑張って修行しているらしく、俺はそれを応援した。

 

 自身の手で手伝えればいいのだが、まだこの卵から出られそうにないので無理であった。

 それがちょっとだけ、悔しかった。

 


 


 

 

 

 

 

 

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