洞窟編 1 大蜘蛛と
第3話 ある大蜘蛛の日常
「ふんふふーん♪」
ガリガリという音だけが響いていた。
鉄のように硬い壁に向かって必死に爪を当てて、壁を少しずつ削る。
その壁の横には凹凸によるきれいな模様が広く描かれていた。
私は、エデン。という名前の蜘蛛である。
自覚はないが、このダンジョンの主である大蜘蛛だ。身長はたぶん10m。体重は小さいビル1個分くらいである。
なぜだか分からないが、私は奇跡が起こりこのミニマリストの部屋みたいななにもない静かな空間で謎の力によって生かされている。
壁にはその事を絵で綴っているのだ。
今は大体この穴に暮らし始めたところだ。
「あっ、ミスった……くそっ!しかも爪剥がれたし最悪〜、めっちゃ痛いピエンツァ……ってつまんねーの!ははははは!」
誰もいないので自己でボケをして自己で突っ込みをするという、なんとも超絶寂しく虚しい遊びをやっていた。
何もすることもやり尽くしたし。
私は前世人間の、転生者であった。
前世も蜘蛛であったのと、死ぬ間際しか鮮明に覚えていない。
死んでからも蜘蛛として色々とあった気がするが……よく覚えていない。多分少しずつ思い出してくるだろう。
前世での死因は、またぼやけてはっきりとは思い出せないのだが、目の前に首をつる縄があり、そこに直進して飛び込んで窒息死。という風だった気がする。
首吊りで死ぬって、過去の私にはよほど辛いことがあったのかな。
最初の頃は「ここはどこだ?」と辺りを探索したが、出口を見つけるも足しか入らないし、より大きな穴を天井に見つけても手が1本入るだけ。
絶望のどん底を味わった。
とにかく助けを求めて叫んで、時には壁に何度かパンチを入れた。だがその後は静けさが一生続くだけだった。
そして私は何度か発狂した。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。怪獣のように吠え、ピエロのようにアホみたいに笑い、自傷したことだってあった。
だが、どれも全部気晴らしに過ぎなかった。吠えるのも喉が痛くてやめたし、笑うのも疲れ、自傷した傷は1秒で全回復した。
もう生まれてから何年経ったのかわからない。
100年経ったときから時間を考え数えることを忘れてしまったのだ。
感覚だと、おそらく300歳の誕生日はすでに迎えているだろう。
だが、どこからも助けは来なかった。
うん度目の発狂のときは、さっきの自傷以外でも死のうとしたが、食べ物がなくてもこの体は生きて、いくら傷ついてもこの体は生きた。回復能力の発動と効果が早すぎるのだ。
首吊りを試そうとしたが、まず首を吊れるほどの高さがなかったし、結べるほど手は器用ではなかった。
何もかもできることを実行して、どうすることもできないと悟ったとき、今度はこの空間を逆に無理やりにでも楽しもうとする気持ちが出てきた。
押してだめなら引いてみろ。
何度やってもできなければ一旦諦めてみろ。
誰かからそう言われた気がする。
そして始まったのがこの絵画、またの名を壁画だ。
睡眠も実質いらないようなもので、体力もすごくあり、細かい時間も気にしなくていいので、とても長い時間集中できることもあった。
ふと気がつき横を見渡せば、これまでめちゃくちゃ書いたなぁと関心する。
想定するものは、縦は身長を考えて8mほど、横は大体10km以上であるため、その大きさは人間から見ればあり得ないだろう。
人間の言語とは別の文字なので、もしかしたら古代文字と間違えられたりして。とたまに考えニヤけることもある。
絵を夢中で書いていると、やがて眠くなってくる。
なので私はいつもの寝所に行くと、腕をすべてしまって目を瞑った。
この空間のど真ん中がその寝床で、窪みがある位置にちょうどよく体が入り固定されて安心できる。
寝っ転がって壁の絵をぶつけたり、お腹をさらしてそこを刺されたりしたら、などいろいろな危険もあるため、この方が安心できるのである。
「ふいぃ……疲れた。」
集中することは頭をいつもより多く使う。頭痛が起きるほどに。
なんとなくボーッとして眠るのを待っていると、急に私の体、虫で言うお腹に、わずかに尖ったなにかが落ちてきた。
刺さることはなかったが、なかなかに強い衝撃であった。
「ウッ……」
「へぐぅっ?!……何だぁ?」
うめき声をあげている。生きているのか。
この穴を落ちてきて生きている生物は、「さっきのやつ」と合わせて数百年ぶりだ。なんということだろう。
「……だれ?だ。」
相当ボロボロで、体を動かす気力もないようだった。
手でちょんと優しく触ると、木の部分があったのでそこを持ち、顔の眼の前に移す。
それは私と同じ蜘蛛族だった。
十字架に足を2本ずつ縛られ、抉れて内臓は飛び出し、目も見えないほどボコボコな顔があった。
おそらく処刑されたのだろう。私は蜘蛛の言語でそいつに話しかける。
「……生きたいか聞いてるんだ。はいかいいえか?」
「……私は、処刑された、いいえだ。」
「いいえか。いいえならそんな私は処刑された!とかほざかないけどな。」
「……何がしたいんだ。」
「なんでもないよだ」
わざとばかにして怒りを誘導してみたが、とくにこれとした反応はない。
まぁ、最近エサ食べてないし、食べるか。
私はそれを持って鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。土臭いが大分太っている。
食う前に、何個か気になることを質問をした。
「……罪は、何をしたか答えろ。」
「私は、邪神の、子を産んだ。その子も、やがてここに落ちてくる。」
「そうか。……私にその子を託すか?」
「ああ、さすが大蜘蛛様。なんでもわかっていらっしゃる。」
「……託された。かわいそうな蜘蛛よ。」
そういってその蜘蛛を食べた。
一口噛むと、甘いミルクのような味がした。
口調はこれでいつも通りだ。
いつも通りなはずなのだが、300年で話し方を忘れてしまっていたらしい。たまに舌が動かなくなり変な言葉使いになってしまったようで恥ずかしい。
噛みしめると、最後までミルクのような甘い食感と虫特有の薄い膜の舌触りを感じながら飲み込むと、自然と涙が出てきて、今度は口の中に涙が入りしょっぱくなる。
「あ、あれ?」
戸惑って涙を拭うが、その涙が枯れることはなかった。
頭の中に辛い思い出が蘇ってくる。
なぜだ?
急に前世のことを思い出した?
学校でいじめられて、目が腫れた記憶と、誰も近づかないような蔵にさらわれ、子どもにしては残虐ないじめをされていた記憶だった。
私は顔を覆う。
「……お母さん……助けてよ」
私に唯一やさしかったお母さんの記憶が蘇る。公園や校庭裏で虐められていた私を、どこからかともなく現れて見つけてくれたっけな。
どこにいても助けてくれる、私にとってのアニメのスーパーヒーローである存在だった。
……今思うとキモイくらいバケモノだな。
その涙はしばらくすると急に止んだ。
記憶はまだ頭の中にあるが、泣くほどでもなかった。
「……懐かしいな。今頃天国で元気にしてるのかな?、それとも転生してたりして。ははは。そこでもスラマッパギーとか言ってるのかな……ブツブツ」
独り言を隙間なく呟く。そうしないと眠れない気がした。
しばらくすると、やっと目を瞑り、疲れたのかいつもより深く眠ることができた。
「……おやすみなさい。」
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