第2話 面倒くさいを侮るな

「そうだね。面倒くさいにもいくつかあるけど。

 患者さんが面倒くさい。病院の事務員が面倒くさい。保険証の情報を管理している保険者が面倒くさい。ついでにマイナ保険証の情報を院内システムと連動させるのも面倒くさい……と言った感じかな」


「ふーん……と言ってもよく分かんないけど。

 確かに患者さんから見える所以外は一般には分かんなさそうね」


「そうだね。そもそも今は、保険情報の入力誤りとかマイナンバー読み取りのトラブル時の運用が表に出て騒がれているけど……あの保険証情報って、基本的に人間が手作業でコンピュータに入力してるんだ。

 それで誤入力とか入力漏れが発生して、政府はそのチェックを徹底とか言ってるけど、そもそも人間が手入力している時点でミスは避けられないし、実際に今の紙保険証でも入力や記載のミスはあったんだ。

 でもね。今の保険証は、発行してもらった時、ほとんどの人が内容チェックしてるよね? だから、ある意味それが二重チェックの役割を果たしていて、実際に保険証を使う時に問題が起こる事は少なかった」


「あっ、そうか! マイナ保険証だと、実際に病院で読み取り機にかけるまで、患者に中身が分からないのか!」

「そう。本当はマイナポータルで患者さん自身が登録内容を事前に確認出来るんだけど、政府はこうしたアナウンスに全然力を入れていない。

 あのソフト自体、高齢者に使えるのかちょっと怪しいしね。

 そして病院の読取機障害時に、これを保険証替わりに使用する事は現時点で認められていない」


「そうなんだ。でも、私もあとでマイナポータルで保険情報確認しておこう」


「あと、その保険者での保険情報の手入力についても、今の日本の保険者って一つじゃなくてね。まあ大きく分けても社保・国保・後期高齢があって、これはまあ根拠となる法令が異なっているんだけど、違うお財布で動いていると考えると分かりやすいかな。

 それで、社保もさらに細分化されて、主に中小企業が共同で運営する協会けんぽ。大きな会社が保険組合を作って運営する組合健保。公務員の共済健保。ほかにも船員とか自衛隊とかあるけど……

 だから組合健保なんか、よく聞く大企業の数だけあると思ったほうがいい。

 国保・後期高齢は主に市町村が運営母体だね。

 というわけで、いままでこれらあまたの運営団体が、それぞれ独自のやり方で保険証の情報を管理していた訳だが、それを一元化してマイナカードで一率に提供しようというのだから、そのデータのやり取りだけでも大変なのは想像に難くないだろ?」


「うわー。確かに、入力ミスってなくても、足りない情報とかありそう……」


「そうなんだ。最近は大分よくなってきている? 様だが、このマイナ保険証の運用が始まった当初、マイナ保険証で読み取れる情報は、患者さんの手元にある保険証の情報とまったく同じだった」

「同じだったら問題ないじゃん?」


「いやいや、同じすぎたんだ。

 紙の保険証って各保険者がそれぞれデザインしていて、医療事務やってた人なら分かるかも知れないけど、組合健保の保険証って被保険者の住所書いてない事が多いんだ。あと、国保でも市町村によって郵便番号がなかったり患者のカナ氏名がなかったり……。

 そんな患者さんごとに入っている内容が異なる、ちぐはぐなデータがそのまま医事会計システムに飛んで来ていたんだ。なので、せっかくデータで取込みしても、医事会計システムの動作に必要な情報が揃っているか、窓口の人はいちいちその画面を開いて内容を点検しないといけない。医事会計システムのデータは、電子カルテなどにも直結しているし、データの正確性は重要なんだよ」


「それって、各保険者が今まで自分達が管理していたデータをそのままマイナ保険証に上げたって事よね。でもそうでもしないととてもじゃないけどやってられないか。それで再チェックとか……よけいコストと手間かかってない?」


「まあ、いまとなっては致し方なしかな。

 でもね。こうしたシステムは本当は基幹になる方が必要なデータをちゃんと先に決めておくものだよ。それを現場任せにしておいて、後から再チェックを厳命とか……企業ならパワハラで訴えられるんじゃないのというレベルだな。

 そして、マイナ保険証の面倒さは、まだあるんだよ」


「はは……なんか怖くなってきたわ」


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