第10話


女の仕事振りを見ているうちに、オヤジはこの女を気に入ったのである

気に入ったから自分の女にしようと言うのではなく、息子の嫁に、と思った。

ある日、

店番をしている二人のところに外車の派手なコンバーティブルがとまった。

中から、今風の三〇代半ばの男が姿を現した

無遠慮に、「これがそう?」と言って女に目を向けて言った。

明らかに馬鹿にした目付きしながら、うっすらと笑った

オヤジは、きちっと挨拶しろと叱ったが聞く風も無い。

この男が親父の息子だとすぐにわかった。

言い争いのような会話が数分続き、

こんな女に興味は無い、と言って、男は車に飛び乗った。

親父は怒鳴り返したが、エンジンの音にかき消されてしまった。

馬鹿息子と噂される条件は全て満たしているが、性根の悪い人間ではないと、この女は思った

この女の目は意外と「深い」。

しかし、侮辱された事には大いに腹を立てた

今までに、容姿のためにどれほど馬鹿にされ続けてきたことか

女は、男の罵声をばねに、きれいになる事を、あらためて心に決めた。


あれから二ヵ月後、

通勤の「往復2時間」の歩きと、仕入れによる力仕事、これはこの女を見違えるように変身させた

体重約15キロ減。

体重は約90キロ。

まだまだ巨漢である。

しかし、肉は締まり、健康的な輝きを放っている。

まず、最初に痩せたのは、顔である

顔の肉が落ちる事によって、埋もれていた元の口の形が現れた。

歯並びのよさも加わって魅力的な口元になった。

次に、目立たなかった鼻が、天を指すようにすっきりと現れた。

同時に、周囲の肉が取り除かれた目は、くっきりと大きく外に向かって輝いた。

今まで姿を隠していた「女らしさ」が姿を現した

その変化に本人は驚いたが、もっとにきれいになろうと言う気持ちも同時に湧き上がった。

給料の中から化粧品を買い、美容院にも言った。

時の経過とともに、美しさに見合う女性らしい仕草(しぐさ)も備わってきた。

もうすでに、スーパーやデパ地下の試飲試食荒らしをやるはずもない。

その事が恥ずかしい事だ、という意識が芽生えたのである。

あの頃の、「ひどい女」とは決別したのだ

きれいになるということは人の意識も変えるかも知れない。

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